子供でも簡単に説明できる!端午の節句(子どもの日)の意味・由来をわかりやすく解説!

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端午の節句(子どもの日)にどんな意味があるか、皆さんはお子さんに説明できますか?

飾り物だけではなく、端午の節句にはつきものの菖蒲(しょうぶ)や粽(ちまき)にもきちんと意味があります。

今回は、端午の節句の意味や由来をお話しながら、日本各地や中国の端午の節句の風習にも触れて、端午の節句を深く詳しくご説明します。

息子さんのために行う「端午の節句」がより有意義な時間になるように、今のうちから勉強しておきましょう!

端午の節句(子どもの日)とは?

 端午の節句は男の子の元気な成長を祈る行事

端午の節句は、中国の風習と日本の風習が合体して広まった行事!

端午の節句の意味は、男の子の健やかな成長を祈ること!

それでは詳しく説明していきましょう。

端午の節句の由来

端午の節句の由来は、中国で始まった行事にあるとされています。

昔の中国では、同じ数字の月と日が重なる日には、邪気を祓う行事をしたり、お祝いをしたりする風習がありました。

端午の節句もその1つで、菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)を門に吊るしたり、菖蒲酒を飲んだりして、邪気を祓っていました。

このような儀式が奈良時代の日本に伝わって「端午の節句」になったのです。

奈良時代の端午の節句は、宮廷で臣下の人々が菖蒲を冠に飾り、菖蒲の葉で作った薬玉(くすだま)を柱に下げたりしました。

また、邪気を退治する意味合いから、宮中行事の1つとして、騎射(うまゆみ)、競馬(くらべうま)といった馬を使った勇壮な催しも行われました。

このような行事は、民間でも浸透していて、軒に菖蒲を挿し、子供たちは、小弓を引いたり、印地(いんじ)と呼ばれた石合戦を盛んに行っていました。

この印地と呼ばれる遊びは、江戸時代の初めまで続きましたが、危険なため禁止されました。

その後、菖蒲を使った遊びが主となり、菖蒲切りというチャンバラごっこや、菖蒲の束で地面を叩く菖蒲打ちで、音の大きさを競う遊びへと変わっていったのです。

端午の節句の名称の由来(語源)

では、なぜ端午の節句と呼ばれ、5月5日に行われるのでしょうか?

端午の「端」は、「はじめ」を意味しています。

元々は、「端午」は5月の最初の午(うま)の日を指していた言葉でした。

そのため、5月であっても5日ではなかったのです。

しかし、「午」は「五」とも読むことができることと、同じ数字の月と日が重なる日にはお祝いをする風習が重なり、端午の節句と呼ばれ、5日5日に行うようになったと言われています。

端午の節句は女の子のためのお祭りだった?

中国から伝わった後、端午の節句は日本の行事として定着していくのですが、もう1つ日本の端午の節句と結びついた行事があります。

その行事とは、「五月の忌み(さつきのいみ)」とう女の子の祭りです。

では、「五月の忌み」とは、どのような行事だったのでしょうか?

日本で5月と言えば、田植えを始める時期です。

この大切な時期には、男性は戸外に出払い、早乙女(さおとめ)と呼ばれた、田植えをする若い女性たちは、建物の中に閉じこもるという風習がありました。

閉じこもる理由は、田植えをする前に、神様のために仮小屋や神社などにこもって、身の穢れを祓い、清める儀式を行うためです。

つまり、この日は田の神様に対する、女性が行う厄祓いの日だったのです。

女性が特別扱いされる日

中には、5月4日の夜から、5日にかけての日を「女天下の日」と呼び女性が特別扱いされる日とする地域もありました。

この日だけは女が夫に気を使うことなく、いばれる日であったり、女が男に酒をふるまったり、畳半畳や家全体が女性の所有になり、取り仕切ることが出来る日とされていたのです。

現在でも地方各地で残る風習であり、香川県では、5月4日を「女の夜」とも言い、女の人が手足を伸ばして寝ることができる日としているようです。

また、北九州では稲刈りの時期と重なる9月の十三夜を「女の名月」と呼ぶ地方があり、女が自由気ままにしてもよいという日であるとしています。

農耕が重要視されていた時代、田植えのある5月は、家々の大切な祭りの時期でした。

そして、そのような大切な時期には、女性は田の神の祭りの奉仕者であり、祭祀者として、特に重要な役目を負っていたのです。

今では、3月3日は女の子の日、5月5日は男の子の日として定着していますが、鎌倉時代前は、端午の節句は女の子の日とされていたのです。

女の子の行事から、武士の行事へ

女の子のお祭りだった端午の節句が、男の子のお祭りに変わったのは、鎌倉時代からです。

この時代、宮中では、馬の上から矢を射る行事や競馬など、勇壮な武士の行事が数多く行われるようになっていました。

そんな中で、端午の節句で使われる「菖蒲」が、武道や軍事などを大切なものと考える「尚武(しょうぶ)」や「勝負(しょうぶ)」に通じることから、また、菖蒲の葉の形が剣を連想させることなどから、男の子が菖蒲を頭や身体につけたり、菖蒲で作った兜(かぶと)で遊ぶようになったりしていました。

このころから、女の子のお祭りであった「五月の忌み」は影を潜め、端午の節句は、男の子のお祭りに変化していきます。

さらに、江戸時代に入ると、端午の節句は、五節句の1つとして定められます。

もちろん、江戸時代に幕府が公的な行事・祝日として定めたことは、端午の節句が定着した理由の1つでもありますが、何よりも、この頃の時代背景が要因です。

貴族の社会から、武家の社会へと変わったこの時代、大切な家の後継ぎとして生まれた男の子が無事に成長することを祈る行事は、一族の大事な行事だったのです。

そのため、一族の繁栄を願うことは武家の間で盛んに行われ、端午の節句は男の子の節句として定着したのです。


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端午の節句を子どもの日と呼ぶ理由

「端午の節句」を「こどもの日」と呼ぶ理由は、ズバリ、1948年(昭和23年)に、国民の祝日の1つとして5月5日を国民の祝日と制定する際に、「子供の人格を重んじ、子供の幸福をはかるとともに、母に感謝する日」と定められたからです。

中には、男の子の日とされる5月5日の端午の節句は祝日なのに、女の子の日とされる3月3日は祝日ではないことから、「男尊女卑」といった批判があり、そのため「こどもの日」としたとも言われています。

また、4月末から5月にかけての「ゴールデンウィーク」の一環として、「長く続く休日が望ましい」との配慮からゴールデンウィークの最終日として制定された経緯もあったとされています。

【豆知識】五節句とは

五節句とは、その名の通り5つの節句のことを指します。

1年のうちに5回ある節句の日は、1月1日の人日(後に1月7日)、3月3日の上巳の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕、9月9日の重陽(ちょうよう)のことです。

お気づきのように、全て奇数が重なる日が該当しています。

陰陽道で奇数は、陽の数字であり、もともと日本人に好まれている数字でした。

そのため、本来ならば奇数の重なるこれらの日は縁起のよい日となるわけですが、奇数が重なると偶数が生まれるといった観点から、陰の数字である偶数の邪気を祓うために行っていた行事が五節句の始まりです。

そもそも、奇数が陽の数字だという考え方は、中国から至った考え方ですが、いつの日からか中国では奇数はあまり好まれないようになってしまいました。

むしろ対ともなる偶数が好まれるようになったのです。

そのことは、中国の故事にも見ることができ、奇数を重ねた日には不吉なことがあると書かれた故事が多く出てきます。

中国の考え方に多大な影響を受けていた古来の日本では、このような故事から、奇数を重ねる節日は不吉とされたのです。

そのため、その不吉な邪気を祓う為に、力があるとされる、旬の食べ物をお供えしたり、食べたりする行事が行われるようになりました。

これが、季節の節目に行う「節句」の由来であり、「供物」を供える理由でもあるのです。

本来、日本の宮廷に伝わった節句は、もっと様々な節句が存在していました。

それらは、節会(せちえ)と呼ばれる宴会として執り行われていたのです。

しかし、そのうちの5つを江戸時代に幕府が公的な行事・祝日として定めたことが、当初は宮中の行事であった、「五節句」を庶民の行事に決定づけたのです。

ただし、それぞれの節句は旧暦で行われていたため、現代とは季節がずれているのも特徴です。

1月7日  人日(じんじつ) 七種(ななくさ)の節供

      3月3日  上巳(じょうし) 桃の節供

      5月5日  端午(たんご) 菖蒲の節供

      7月7日  七夕(たなばた)

      9月9日  重陽(ちょうよう) 菊の節句

端午の節句(子どもの日)はいつ?

ご存知の通り、端午の節句は、「5月5日」に行います。

しかし、飾り物は事前に飾ります。

地域によっても変わりますが、男の子は「先手必勝」に物事を進めた方が良いとの言い伝えから、何事も早め早めがいいとされ、飾る時期は早ければ早い方が良いとされる地域もあるようです。

そのため、遅くても5月5日の1週間前には飾りつけをするのがおすすめです。

端午の節句(子どもの日)の風習

端午の節句の風習はいくつかあります。

それぞれの風習とその風習に込められた意味を知っておきましょう。

飾り物や人形を飾る

端午の節句に飾りものとして思いつくのは、鎧(よろい)や兜(かぶと)でしょう。

鎧の「鎧う」とは、「身につける」、「物をまとって敵から身を守る」という意味を持つため、「身体を守る」ものとして、端午の節句に飾る鎧には、交通事故や病気から大切な子どもを守ってくれるようにという願いが込められています。

ちなみに、武者人形や金太郎などの人形を飾る場合もありますが、昔、5月5日に宮中で菖蒲を兜の形にした菖蒲兜を作る風習があり、この風習がのちに紙製になり、人形の前立てとして飾られたのが始まりです。

鯉のぼりを飾る

鯉のぼりは、昔から武家で行われてきた、男児が誕生した際に、災難や魔除けとして、玄関に幟(のぼり)や吹流しを立てる行事が起源となっています。

それが、庶民の間で中国の故事から、立身出世(りっしんしゅっせ)の象徴として鯉のぼりが登場したことで、幟や吹き流しは、鯉のぼりへと変化していきます。

鯉のぼりは男の子の健やかな成長を祝い、出世を願うという意味が込められているのです。

菖蒲湯に入る、菖蒲酒を飲む

中国でも、端午節には菖蒲が登場します。

菖蒲は生薬として、また、その香りは虫を追い払う効果があるとされています。

端午節のあるこの時期は、病気にかかりやすい季節ということもあるようです。

また、5月5日には、部屋を掃除してから、庭や横木に蒿や菖蒲を掛け、幸運が来るように祈っているそうです。

このように、古代の中国でも使われていた菖蒲は、端午の節句に欠かせないものです。

端午の節句は「菖蒲の節句」とも言われているほどです。

邪気を祓うとされている、菖蒲は、邪気を祓うとされている菖蒲は、サトイモ科の植物で、蒲(ガマ)の穂のような細長い花の穂をつけます。

血行促進や肌の保湿、鎮痛作用に有効とされ、独特の香りも特徴です。

菖蒲湯には、いくつか束ねた菖蒲の葉を輪ゴムか菖蒲の葉で結び、5月5日の夜に沸かしたお風呂に入れます。

ちなみに、この菖蒲の葉の束と蓬(よもぎ)を加えても効果的なようです。

さらにあまり知られていませんが、そんな菖蒲の根を日本酒に浸した「菖蒲酒」を端午の節句に飲む風習も日本には残っています。

菖蒲が持つ、独特な強い香りが邪気を祓うためとされていますが、このような特定のお酒を飲むことは、他の五節句でも見られます。

人日の節句(1月7日)にはお屠蘇(とそ)、上巳の節句(3月3日)には桃酒、重陽の節句(9月9日)には、菊酒を飲みます。

しかし、七夕の節句(7月7日)には、なぜか特定のお酒はありません。

【豆知識】菖蒲と花菖蒲

皆さんがイメージする「菖蒲」は、紫色の花が咲く姿かもしれません。

しかし、サトイモ科の「菖蒲(しょうぶ)」と、紫色の花が咲く、アヤメ科の「花菖蒲」 は、まったく別物の花です。

どうして、同じような名前を持つのか?それは、それぞれの葉っぱの形が似ているからです。

端午の節句の時に入る「菖蒲湯」に使われるのは、「菖蒲」であって、「花菖蒲」ではありません。「菖蒲」の花は、地味な蒲(がま)の穂に似たもので、「花菖蒲」の花とは似ても似つかない花です。

世間の「菖蒲祭り」というのは、ほぼ間違いなく「花菖蒲祭り」です。

「花菖蒲」は、お風呂に入れても残念ながら効果はありません。


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柏餅、粽(ちまき)を食べる 

端午の節句では、柏餅を食べます。

江戸時代から始まったこの風習では、柏は、新芽が出るまで古い葉が落ちないことから「家系がいつまでも続く」縁起物として広まりました。

もう1つ、粽を食べる風習ですが、この風習は、中国が起源であり、日本に伝わったものです。

【補足】行事食とは

行事食とは、様々な季節の行事やお祝いの日に食べる特別な料理のことを言います。

それぞれ旬の食材を取り入れて、体調を崩しやすい季節の変わり目に、栄養と休息を与えたり、家族の健康や長寿を願ったりする意味もあります。

さらに、子供の守り神でもある端午の節句に飾る人形へお供えするかしわ餅などは、神様へお供えする食べ物、つまり、神饌(しんせん)とも言えます。

神様へお供えした食べ物を頂くことで災厄を祓い、神様の恩恵を受けることにも繋がります。

中国の端午の節句

日本では、端午の節句は太陽暦(新暦)の5月5日に行いますが、中国では旧暦でお祝いします。

そのため、日本の端午の節句にあたる「端午節」と呼ばれるその日は、5月5日ではなく、2019年は6月7日、2020年は6月25日、2021年は6月14日と毎年違った日になるのです。

端午節は、2000年余りの歴史を持ち、中国でも庶民の祝日です。

また、日本と同じように、病気を払うなどの願いも込められていて、色なイベントが行われるほか、伝統的ないくつかの行事や風習が残っています。

ちなみに、端午節は祝日で色々なイベントが行われることから、中国人もこの休みを利用して旅行に行くそうです。

そのため、多くの名所は混みあい、ホテル代も上がります。

伝統的な風習【龍舟競争(りゅうしゅうきょうそう)】

龍舟競争の由来は、昔、中国に居た、ある人物が影響しています。

中国の戦国時代にあたる紀元前3世紀の楚の時代にいた、政治家であり詩人でもあった屈原(くつげん)は、楚の国王の側近で、大変人望の厚い人物でした。

そんな、屈原は、失意のうちに失脚し、汨羅江(べきらこう)という川に石を抱いて身を投げ溺れたため、舟を漕いで探したことが由来だそうです。

龍舟競争は端午節で最も重要なイベントとされています。ドラゴンボートとも言われるこの舟は、龍を真似て造られた木の舟で、形や飾り、大きさは地方によって違います。

一般的には全長20~30mで、30~60人もの大人数で漕ぎます。

太鼓の音に合わせて、合わせてスタートし、優勝チームは幸運に恵まれて幸せな生活を送ることができると言われているそうです。

その他の中国の端午の節句の風習

粽(ちまき)を食べる

日本の端午の節句でもお馴染みの粽は、中国でも端午節でよく食べられる伝統的な食べ物です。

味や作り方は、日本と同じように、もち米で作られ、中には肉や豆などのアンが入っています。

そして、竹や葦の葉っぱで包まれた粽は、三角形か長方形をしています。

この味や形は、地方によっても違うようです。 

巾着

中にハーブが入っていて、カラフルな布で作られた巾着は、端午の間、子供の首にかけます。

この巾着には、邪気を払う効果があると言われています。

菖蒲

中国でも、端午節には菖蒲が登場します。

元々あった、薬草を摘み健康を祈願する習慣から、特に、蓬や菖蒲は邪気を払う力があるとされるため用いられました。

菖蒲酒を作って飲んだり、蓬で人形を作って飾ったりなどしていたのです。

まとめ

端午の節句は、中国の伝統的な行事と、日本の行事や風習などが合わさり、現在の節句に辿り着いたことが分かりました。

重く、大きな飾りを準備するのは一苦労ですが、愛情のこもった準備やお祝いを、毎年繰り返し行うことで、息子さんは「親の愛情」と「自分の存在」に強い自信を持つことでしょう。

端午の節句は、「無事に大きく育ってほしい」と願う親の思いが受け継がれてきた、日本ならではの大切な儀式です。

お子さんに、1つ1つの意味や込められた願いを話しながら準備を進めるのはいかがでしょうか?

Writing:YUKIKO-加藤

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