神様の数え方はなぜ「柱」なのか?読み方と由来(理由)を解説!

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あなたは、神様の数を数えたい時、「1柱」「2柱」という数え方をすることについて「……なぜ柱?」と思ったことはないでしょうか。

そう、日本の神様は「1人、2人」ではなく「1柱、2柱」と数えます。

今回は、なぜ神様の数え方は「柱」なのか、その読み方なども解説していきたいと思います!

神様の数え方「柱」の読み方は?

神様を数える時の「柱」の読み方は

  • はしら

です。そのまんまですね!キメツといっしょ♥

神話などを見ると神様は人と同じような形をしているので、うっかり「ひとり、ふたり」と数えてしまいそうになりますが、このような場合は

  • ひとはしら、ふたはしら、みはしら、よはしら・・・

と数えるのが正解になります。

神様はなぜ「柱」で数えるの?由来(理由)はこれだった!

ではいよいよ、なぜ神様の数え方が「柱」なのか? その理由に迫ってみましょう。

柱という文字の意味は?

柱という文字には、

  • 地面からまっすぐに天に向かって立つもの
  • 中心として他から寄り添われるもの、頼りにされるもの

といったような意味があります。

柱は「木」と「主」という2つの文字からできている文字です。木へんは、樹木の形をかたどった象形文字。「主」の部分もまた象形文字で、これは灯台(港にあるものではなく、江戸時代の時代劇において室内で使われているような、油を皿に入れて火を点すタイプのもの)の皿の上で炎が燃える様子を表しています。炎は静止していますので、「主」の文字はそもそも「とどまる、動かない」という意味。そこから「中心となって動かないもの」「主人、あるじ」といった意味が生じてきました。

したがって「柱」というのは、動かない中心的樹木、というイメージを漢字にしたものです。

樹木信仰から生じた神のイメージが「柱」につながった

現代でも私たちは、ものすごく大きな樹木を見ると神々しさを感じ、てっぺんを見上げようとするものですが、この感覚は日本人が古代から受け継いできたものと言っても良いでしょう。遺伝子に組み込まれているのか、それとも代々親や世間から「樹齢を重ねた木は貴いものだ」と何となく教えられてきたためかはわかりませんが、これが古代からの樹木信仰の名残であることは間違いありません。

例えば岐阜県、白山国立公園に現存する「石徹白(いとしろ)の大杉」の場合、環境省巨樹巨木林DBを参照すると樹高は25メートル。幹周囲は14メートルにも及び、樹齢は実に1,800年と伝えられています。樹齢1,800年が事実だとすれば、この樹は何と邪馬台国の時代から生えていたということになるから、驚きです……!

↑石徹白の大杉

石徹白の大杉の場合は、1,800年前にはまだまだ小さい樹木だったはずですが、縄文時代や弥生時代にも同様の大木は今よりもずっと多く存在していたことでしょう。見上げた先が空に届くような大木は、人々が神に対して抱いたイメージそのものでもありました。

古代、日本人は精霊崇拝(アニミズム)、すなわち自然信仰を行ってきました。その一環がこのような「樹木」に対する信仰です。樹木には精霊が宿ると考えられたため、後世になって樹木がそのままご神体として扱われる例が生じ、今でもそれは御柱祭のような例となって残されています。(アニミズムの詳細については「縄文時代の文化と信仰…遺跡の分布・土偶と石棒と精霊崇拝(アニミズム)」もご参照ください)

そして、ちょっとくらいの自然災害にはびくともしないような、こうした揺るぎない大木の存在は、心を寄せる信仰の対象となったと同時に、生活にとって欠かせない住居の柱として利用されるようになりました。


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柱=住居を維持してくれる大切なもの!

住居の中心となる柱を「大黒柱」と呼ぶように、柱は住居を維持してくれる大切なものでもあります。柱や、柱にするための樹齢を重ねた樹木を重要なものであるとする考え方は、人類にとって非常に原初的な考え方であったことでしょう。なぜなら柱は建物にとって重要なものであり、建物は生命の維持にとって重要なものであったはずだからです。すなわち柱は古代人にとって、生命を守るものとしての側面を持っていたであろうことが推測されます。

 ↑三内丸山遺跡で復元されている原初的な建物「六本柱建物跡」

上の写真は青森県の三内丸山遺跡(縄文時代)の例ですが、写真後方に見える掘立柱建物(写真は復元物)においては、柱の太さは直径2メートルにも及んだことがわかっています。かなりの太さですね。

重みや、どっしりと構えた様子など、その用途とイメージから古代人が「神」と「柱」とを結びつけるようになり、最終的に神を数える時にその偉大さを示す方法として「柱」という表現、単位が用いられるようになったと考えられます。神社の鳥居に2本の太い柱が使われていることも、もしかするとこの柱への信仰と関わりがあるのかもしれませんね。

※鳥居の起源については詳細がまだ解明されていません。ただし鳥居の原型は、2本の柱の間に注連縄を張り聖域を作った一種の結界であろうという説が濃厚です。

神様は「人」じゃない

世界じゅうどこの神話や童話を見ても、神の姿は人を模して描かれているため、私たちはついつい、神は人の形をしているものと思ってしまいがち。だからこそ、うっかり「昔々、天照大神という一人の神様がいました」などと言ってしまうこともあるでしょう。しかし神様は本来、人ではなく、「1人、2人」という単位で数えることはできません。

天にも届く巨大な存在、動かないもの、揺るぎないもの、中心的な存在、人が及ばないもの。

「柱」という神の単位には、こうした意図が隠されています。またこうした漠然としたものを日本人が古代から重要視し、信仰してきたということも、日本の培った文化を理解するための重要なファクターですね。ぜひ、「柱」という神の単位に日本人の精神を見ながら、神様のことを身近に感じていただけたら良いのではないかと思います。

Writing:陰陽師の末裔/占い師・パワーストーンアドバイザー
あん茉莉安(ホームページ

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