一般的に「お祓い」と言えば、霊を祓うようなイメージを持っている人が多いかもしれないけれど、神社で行う「お祓い」は、多くが霊を祓うのではなく、穢れを祓うもの。
では、その「穢れ」って一体何なの? という疑問に、今回はお答えするわ。
「穢れ」=「死」ではない
「穢土」、という言葉がありますがご存知でしょうか?これは「えど」と読みます。
どこかで聞いたことがありませんか?
そう、「江戸」。「江戸」の語源は諸説ありますが、そのうちの1つが「江戸=穢土だったから」とするものです。
江戸城、つまり現在の皇居ですが、その近辺……具体的には八重洲周辺とも言われている……は歴史的に埋葬地として使われていたのではないか、と考えられています。
この説に代表されるように、私たち日本人は「穢れ」といえば「死、あるいは死体」と直結して考えがちです。
ところが、ことはそう単純ではないのです。
「穢れ」=「気涸れ」である
例えば古代では、親しい人が亡くなったとき、その人は「穢れた」として、一定期間の「物忌み」の期間を設けることになっていました。
宮中に参内(=勤務)している人であっても、身内が亡くなったりすると、「物忌み中」ということで参内を控え、つまりお休みをいただくことができたのです。
「でも、その話だと、やっぱり、身内の死が穢れだということ?」
と思ってしまいますが、元々を辿れば、そうではなかったようです。
身内や、親しい人が亡くなると、誰でも「気落ち」しますね。つまり、がっかりしたり、とても泣いたりして、気力を失ってしまいます。
それが「気涸れ」、「気」が「涸れてしまう」状態なのです。
この「気涸れ」が語源となり、「穢れ」の概念ができあがりました。
月経や病も「穢れ」
同じく古代の日本では、女性に特有の月イチでやってくる月経も、「穢れ」のひとつでした。
病ももちろん、「穢れ」です。
「穢れているから、人に会ってはいけない」「他の人に穢れをうつしてはいけない」というわけです。
現代風に考えれば、月経はうつりませんが、病気は他の人にうつります。
それから、気落ちして、いわゆるテンションの低い状態も、仕事に悪影響を与えたり、対人トラブルの原因となる可能性もあります。
月経は病ではありませんが、体調不良によって、下手に自宅を出て動き回ると様々な弊害が起ります。
女性なら誰しも、月経の影響による感情の上下、体調の上下と、それに伴う無気力があることも知っているでしょう。つまり、死のような悲しみとは関係ない「気涸れ」が月経時にも起るのですね。
(ですから、現在の女性が仕事を持ち、体調に関わらずもろもろのワークをこなさなくてはならないのは、非常に難易度の高い課題であるとも言えます)
そこで、身内の不幸、病、月経など、休んだほうが良い時を「穢れている」とする概念ができあがりました。
穢れに伴う物忌みの時期は、不要不急の外出は控えるのが当然でしたが、これは精神的、あるいは体力的に動き回るのを控えて、体力温存、テンション回復に努めよ、という優しさでもあるのです。
穢れの最中は神社参拝は控えるもの?
過去には、穢れのある期間、忌が明けない期間は、神社参拝は控えるべきである、とする風習もありました。
基本的には家屋の中におこもりとなりますので当然です。
忌明けまでの期間に神社に参拝すべきではない、とする考え方は、その人が「汚れているから」「不運にまみれているから」「神様の前でみっともないところを見せてはいけない」という意味合いと受け取られがちです。
しかし、根底には、「気涸れで気力が失われているのだから、今は神様の前に出なくて良い」という、免責の意味合いもあると考えられます。
例えば親族が亡くなって悲しみにくれている期間。あるいは、月経中で腹痛や頭痛、イライラにさいなまれている期間。
こんな時期に神社に参拝しても、心からの祈りを捧げることは難しく、神徳を充分に得ることも難しい……そんな理由から、忌明けまでは神社参拝は控える、との考え方ができました。
決して、神社側が、「きたないから、来ないで!」と自粛を要請しているのとは違うことを、穢れの意味と同時に覚えておくと良いですね。