俳句においては、夏の季語にもなっている「打ち水」。
地球温暖化をはじめとする環境問題への意識が高まっている中、涼を取るために誰にでも手軽にできて環境にも優しい方法として再注目されています。
こちらでは、そんな打ち水の歴史、方法(やり方)、温度が下がる原理(理由)などについて説明していきます。
打ち水とは?「打ち水の歴史・由来」
古来より水は命を生み出す神聖なものとして考えられ、日本の寺社を含む多くの宗教で、水は清めるものとして使われてきました。
神道においては、日本神話で伊弉諾命(イザナギノミコト)が黄泉の国から帰還した際に、水で身体を洗い清めたことが、水が「清めるもの」として使われた始まりと言われています。
神社で打ち水が始まった詳しい年代は不明ですが、いつの頃からか朝に、清めの水を神様に通ずる道である参道や境内に撒いて穢れを落とすのが慣わしになりました。
この、参道に打ち水するという行為は、いわゆる内面的な穢れを落とす意味があると同時に、参道の砂ぼこりが舞うのを防止して、足元が汚れないようにする役目もありました。
平安~室町時代
このころは、打ち水についての記録はありませんが、「古今和歌集(こきんわかしゅう)」、「千載和歌集(せんざいわかしゅう)」、「草根集(そうこんしゅう)」などに、夕立後の涼風や、川辺の風や滝の涼しさなどが詠まれた和歌が収録されていることから、水のある場所に涼しさを求めていたことが読み取れます。
戦国~安土桃山
平安時代に中国からの遣唐使によって広められたお茶の文化が、茶人・千利休(せんのりきゅう)が活躍した戦国~安土桃山の時代を重ねるにつれて体系化され、「茶の湯(いわゆる茶道)」が成立しました。
1690年(元禄3年)頃に筆写された「南方録(なんぽうろく)」という茶の湯に関する書物に、打ち水によって露地を清め埃が舞うのを防ぐ「三露(さんろ)」という作法が書かれていることから、遅くとも1690年代には茶の湯に置いての打ち水が一般的な作法となっていたことが分かります。
江戸時代
涼の手段としての打ち水が一般に普及して夏の風物詩となったのは、江戸時代になってからと考えられています。
その証拠としては、この頃には俳句や浮世絵などの様々な形で打ち水の様子が描かれているからです。
例えば、1814年(文化11年)~1847年(弘化4年)頃に溪斎英泉(けいさいえいせん)によって制作された「東都名所尽 愛宕山遠望図(とうとめいしょづくしあたごやまえんぼうず)」という浮世絵には、打ち水する町人の姿が描かれています。
また、1838年(天保9年)に発行された「東都歳事記(とうとさいじき)」巻二の「盛夏路上の図(せいかろじょうのず)」では、長谷川雪旦(はせがわせったん)によって、活気ある江戸の盛夏の路上に穴の開いた桶を担いで水を撒く人が描かれています。
しかし、5代将軍徳川綱吉が出した「生類憐みの令」が施行されたときは、ボウフラの保護のために打ち水が禁止されたという、ちょっとビックリな時代もありました。
現代
エアコンの普及により打ち水は次第に見る機会が無くなってきました。
しかし、地球温暖化やヒートアイランド現象が問題になった今日、涼を得るために誰でも簡単にできて環境にやさしい方法として、打ち水が再注目されてきています。
打ち水で温度が下がる原理
実は、地面に近い場所にある空気の温度(=気温)は、太陽が直接空気を温めているのではなく、熱せられた地面の熱によって空気が暖められています。
海の近くの地域が夏涼しくて冬に温かいのは、比較的温度が一定である海水温に影響されているからです。
逆に、海水温に左右されない内陸の地域や、アスファルトの多い都会などは、地面が暑くなると気温も上がります。
そこで、熱せられた地面に水を撒くと水が蒸発する際に「気化熱」が生じて周りの温度を下げます。
他の「気化熱」の例として、お風呂上りや汗をかいた後に、拭かずに濡れたままでいると寒くなってくるのをイメージするとわかりやすいと思います。
打ち水は、「気化熱」を利用して、涼しくさせているのです。
水の量・水を撒く広さ・水の量などにもよりますが、打ち水することによって1~2度低くなることが実証されています。
打ち水で風が起こる!?
蒸発することによって、打ち水をしていない場所と比べると、打ち水をした場所の気圧が上がります。
すると、気圧の高いところから低いところへ空気が移動することによって風が生まれます。
そのため、広い面積で打ち水をした場所に近づくと、涼しい風を感じることができるのです。
打ち水によって体感温度を低く感じられる効果は何時間くらい続くのか?
打ち水による効果の持続時間は、どのような場所にどのくらいの量の水を撒いたかによって違います。
撒いた水が乾ききるまでは気化熱による冷却効果が持続しますので、例えば水が乾きやすい日向のアスファルトよりも、保水力のある日陰の植物などに水を撒いたほうが、また、限定的な空間に撒くよりも広い空間に撒く方が、気化熱の力を長時間保つことができます。
打ち水をベランダに撒く理想的な時間帯
ベランダは大きな窓に面した部屋にあるため、打ち水する場所としては最適な場所です。
打ち水するのには効果的な時間帯と、そうでない時間帯というものがあります。
日が昇りきった昼間ですと、すぐに水が蒸発してしまうため、打ち水の効果が得られる時間が短くなってしまうので、効果的な時間帯は、早朝か夕方です。
具体的には、
- 日が昇る直前(4~5時台)
- 日没の直前(17~18時台)
となります。
特にオススメの時間帯は、夕方の日没前です。
夕方であれば、その時間からさらにベランダの温度が高くなるという事はありませんから、ベランダをしっかり冷やすことで効果が長時間発揮され、夜も快適に過ごせます。
また、水を撒く際には日向に撒くとすぐに蒸発してしまい、急に湿度が上がった空気を部屋に取り込むことになってしまいますので、なるべく日陰に水を撒くようにしましょう。
日陰が無い場合には、よしずなどで日陰を作るのが効果的です。
道路に打ち水を撒く意味とは?
昔は全て未舗装路だったため、道路に打ち水を撒くことは涼を得る目的の他に、砂埃が舞うのを防ぐ役割もありました。
現代のアスファルトの道路は熱が籠りやすく冷めにくいため、夕方になっても輻射熱が続いて気温が下がりにくくなっています。
打ち水で直接アスファルトの表面温度を下げることによって、輻射熱も和らげることができ、その後も水の蒸発による気化熱を利用して温度を下げることができます。
また、見た目にも涼しげになり、心地よく過ごすことができます。
茶の湯における打ち水
茶の湯では、お客様をもてなす作法として、「露地の三露」と呼ばれるものがあります。
お客様の迎え入れ前、中立ち前、退席前の合計3回、打ち水をします。
打ち水をすることで涼を得るほかにも、砂埃を鎮めて場を清めること、敷石に水を打つことで清く風情ある露地にし、心も清めて茶会の席に着くことなどがその目的です。
また、「お客様をお迎えする準備ができました。どうぞお入りください。」という暗黙のお知らせにもなります。
打ち水はアスファルトに撒くと逆効果?!余計に熱くなるって本当??
実は、日向の真夏の太陽で熱せられたアスファルトに打ち水しても、蒸発した水蒸気と元々の空気中の湿度の差が無いと、空気の移動が起こらないため、風が起こりません。
そもそも炎天下で水を撒く行為自体が汗をかきますし、せっかく撒いた水が短時間で蒸発することで湿度が上昇し、もっと蒸し暑くなってしまう場合があります。
そうなると熱中症の危険がより高まり、いったい何のために打ち水したのか分からなくなりますので、日中の熱いアスファルトに打ち水するのは止めた方がいいでしょう。
また、湿度が高くなることでエアコンに負荷がかかり、電力をより消費する結果にもなりかねません。
しかし、例外として道路からの「照り返し」を和らげるためには、日中や日向の打ち水も有効との声もあります。
気候や立地条件によっても有効なのか逆効果なのかは変化しますので、いろいろと試してみてください。
打ち水の正しいやり方
必要な道具の例
- バケツ
- 桶
- ひしゃく
- じょうろ
打ち水に使用する道具として特に決まりはありませんが、バケツや桶などに水を入れて、ひしゃくですくって撒きます。
じょうろやペットボトルで直接撒いても良いでしょう。
打ち水をする場所
- 庭・玄関
- 道路
- 日陰
- 花壇など植物のあるところ
- マンションのベランダ(隣人に配慮を)
- 屋上
- 室外機の周り
- 風が入る窓の近く
早朝や夕方に風通しの良い場所に撒くのが理想的です。
中でも、花壇などは土に水分を多く含むことができるので、持続的な効果が期待できます。
植物の水やりも兼ねることができるので一石二鳥とも言えます。
日向よりは日陰に撒く方が、水がゆっくり蒸発しますので、軒下やグリーンカーテンの下などは最適な場所と言えます。
水を撒く際には、通行人や車などにかからないよう気を付けてください。
ココ重要!!どんな水を撒けばいいの?
もちろん水道水を撒いても打ち水の効果を得ることはできるのですが、暑い夏は水不足に悩まされる季節でもあります。
エコのためにする打ち水で水道水をばら撒くのはナンセンスとしか言いようがありません。
環境に配慮した無駄のない方法としては、捨てる予定の水を利用する(二次利用水とも言います)ことが鉄則です。
例えば、
- 溜めておいた雨水
- お風呂の残り湯
- プールの残り湯
- 冷凍庫にある古い氷
- エアコンの室外機から出る水
- 食器や雑巾がけ・洗濯などのすすぎの残り水(洗剤が残っていないもの)
- 米のとぎ汁
- 飲用にならない井戸水
等を再利用しましょう。
打ち水は季語??「打ち水を用いた俳句」
打ち水は夏の季語として、江戸時代から様々な俳句に詠われてきました。
こちらでは打ち水が詠われている俳句の一例をご紹介します。
小林一茶
- 「武士町や四角四面に水を蒔く」
何事にも厳しく律する武士の町では、水を撒く時もいい加減に撒くのではなくきっちり四角四面に撒く。武士階級を揶揄した俳句です。
- 「水をうつそれも銭なり江戸の町」
江戸では上水道や井戸を利用できる地域では水道料金を払い、深川や隅田川以東の地域では水は水屋から購入しなければいけない貴重なものでした。打ち水に対して、お金を撒いているようだと揶揄した俳句です。
一茶はこれらの他にも多くの打ち水に関する句を詠っています。
正岡子規
- 「古庭や水打つ夕苔くさき」
- 「水打て石燈籠の雫かな」
どちらも打ち水した後の風情ある庭の様子を詠っています。夏の庭の苔や灯籠に水が滴り涼しげな情景が浮かびます。
打ち水を用いたプロジェクト(イベント行事)・風習
いまや、ヒートアイランド現象に対抗すべく、全国各地で打ち水に関するイベントが行われています。
2020年は新型コロナウイルスの影響で様々なイベントが中止されていますので、こちらではほんの一例をご紹介いたします。
「打ち水大作戦」とは?

都会のヒートアイランド現象に対して昔ながらの「打ち水」を大人数で行うことで、環境にやさしく効果的に気温を下げるのが目的で、国土交通省、環境省、東京都、九都県市首脳会議環境問題対策委員会などの後援の元、打ち水大作戦本部が主催しています。
元々は打ち水によって気温を下げる効果に着目した土木研究所の研究員が2003年(江戸幕府が開かれてから400年目)に、社会実験として「大江戸打ち水大作戦」を実行したのが始まりで、以後参加者が毎年500万人にのぼるイベントになりました。
打ち水大作戦によるイベントは日本全国のみならず、過去にはフランス、スリランカ、スペイン、韓国などでも行われてきました。
「打ち水大作戦」のルール
打ち水大作戦は、以下のルールを設けています。
- 水道水は直接使わない(二次利用水を利用する)
- お金をかけない(身の回りにある道具を利用する)
- 涼しげな服装で参加する(浴衣やクールビズの服装で参加する)
- 効果を測定する(実施前後で気温を測定して効果を数値化・共有する)
「いっせい打ち水大作戦2020」
2020年は新型コロナウイルス感染防止の新しい生活様式が普及されてから初めての夏として、それぞれの参加者の自宅から同じ日にいっせいに打ち水をしようというイベントが新しく設けられました。
詳しい参加方法は「打ち水大作戦」のホームページをご覧ください。
- 「打ち水大作戦」開催期間:
大暑から処暑まで(2020年は7月22日~8月23日)
「いっせい打ち水大作戦2020」は8月1日(水の日) - 「打ち水大作戦」ホームページ:http://uchimizu.jp/
東京駅丸の内広場の打ち水システム
2017年に整備が完了された東京駅丸の内広場に、縦22メートル×横15メートルという巨大な打ち水システムが2か所も備わったのはご存じでしょうか?
打ち水システムが稼働する期間は夏季の9時~17時で、傾斜がつけられた路上一面に約5㎜の厚さの水が流れることによって、周囲の路面温度よりも約10度も下げることができるそうです。
水は繰り返しろ過して使用されているため、環境にも配慮されています。
濡れるのは靴の底だけなので、水の上を歩くこともできますよ!
神社・お寺での打ち水
川越氷川神社の打ち水
恋愛成就の神社として有名な、埼玉県川越市にある「川越氷川神社」では、暑い日の午後に参拝すると、神社の地下水脈からくみ上げた御神水を境内に撒くことができるそうです。
川越氷川神社公式ホームページ:https://www.kawagoehikawa.jp/
善光寺の打ち水
長野県長野市の善光寺では、長野県によって行われている「さわやか信州省エネ大作戦」の一環として、毎年8月上旬の金曜日に善光寺仁王門から境内にかけて浴衣で打ち水する日が設けられています。
毎回温度測定を実施しており、53度の石畳が42度に下がるなどの効果を出しているようです。
観光客の飛び入り参加もできるようなので、是非足を運んでみてください。
善光寺公式ホームページ:https://www.zenkoji.jp/
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