夏祭りと言えば、「盆踊り」を思い出す方が多いと思います。
「盆踊り」は夏の風物詩で、楽しみの1つでもあります。
見ているだけでも、楽しい夏気分に浸れる「盆踊り」ですが、実はきちんとした目的があって行われている行事です。
今回は、「盆踊り」にスポットをあてて、いつおこなわれるのか?歴史や目的は何なの?など詳しくご紹介します。
簡単な踊り方や盆踊りの定番曲、最近の盆踊り曲までご紹介するので、是非お役立て下さい!
盆踊りとは?
盆踊りとは、「先祖の霊をなぐさめるための踊り」です。
盆踊りは、お盆の期間に家に迎えた先祖や故人の霊をなぐさめ、あの世へ送り出すために行われる踊りです。
現代では、娯楽として夏の風物詩になっています。
盆踊りは英語だと何て言うの?
盆踊りを英語にすると、「Bon dance」となります。
盆踊りは、日本独特の文化なので、そのままの響きを使うため、「Bon dance」や、「Bon festival dance」、もしくは「Bon Odori」と表記することもあります。
ちなみに、お盆は「Obon season」、お盆休みは「 Bon holiday」と表記します。
盆踊りはいつするの?
盆踊りとは、「お盆の期間中」に行う踊りです。
盆踊りは、お盆の時期に家に帰ってきた先祖や故人の霊を慰めるという意味があります。
そのため、全国的にお盆に開催されることが多いのです。
よって、7月13日から7月16日の新盆と呼ばれる時期か、8月13日から8月16日の旧盆の期間に行われます。
本来は、旧暦7月15日の晩に盆踊りを行い、16日に精霊送りをしていました。
そのため、必ず満月の夜だったそうです。
現代では、お盆の期間以外の日程で盆踊りが行われることもあります。
盆踊りの目的
盆踊りの目的は、「先祖の霊をなぐさめること」です。
現在では、娯楽としての色が濃く、夏祭りの行事の1つとして行われる盆踊りですが、本来の目的は別のものでした。
盆踊りの本来の目的は、お盆の期間中に家に迎えた霊をなぐさめ、あの世へ送ることです。
また、踊りを踊ることで、祖霊と交流し、鎮めるだけではなく、五穀豊穣の為の力を神様に祈る意味合いも込められていたとされています。
宗教行事の1つであるため、故人が初めて迎えるお盆(新盆・初盆)を迎えた家は、必ず家族が揃って、盆踊りに参加する風習が残る地域もあります。
盆踊りは、祖先への思いを巡らせながら、踊ることで供養するという行事です。
老若男女問わずに誰もが参加できる、貴重な行事とも言えるでしょう。
盆踊りの起源
盆踊りの起源には、様々な説があります。
仏教行事であるという説や、歌垣(うたがき)と言う、若い男女が集まって相互に求愛の歌舞する風習がもととなっているという説、原始からの信仰の儀式がもとになったとする説です。
しかし、盆踊りの起源は、説は様々あれど、どの説も決定づける材料が足りません。
ですが、分かっていることは、原型が、死者の霊を供養する念仏踊りにあるということです。
民間の風習が、他の風習と合わさることで生まれた念仏踊りが、さらに、お盆・盂蘭盆会(うらぼんえ)の行事と結びつくことで、祖先や故人の霊を迎えて、供養するための行事として根付いていったのです。
今日では、宗教的な要素は殆ど感じられない盆踊りですが、宗教的な色がいまだに濃く残るて地域も、全国には残されています。
盆踊りの歴史
盆踊りのルーツとも言える、念仏踊りが全国的に広がったのは、平安時代に活躍した僧侶、「空也(くうや)」が布教活動の1つとして進めた「踊躍念仏踊り(ゆうやくねんぶつおどり)」からだと言われています。
この踊りは「空也念仏」とも言われ、人々に広がりました。
そして、鎌倉時代になると、時宗の開祖である、一遍と呼ばれる僧侶により、再び注目を集めることとなります。
一遍上人のことを描いた国宝、『一遍聖絵(いっぺんひじりえ)』には、次のような事が描かれています。
1279年(弘安2年)に、一遍上人ら一行が、善光寺へ行脚した際、長野県の佐久地方で、僧侶や武士たちが輪になって、念仏を唱えながら踊るといった姿です。
これこそが、一遍上人が念仏を行なった最初とされています。
そして、1282年(弘安5年)、一遍上人をさらに有名にした念仏踊りがありました。
神奈川県の片瀬の浜で行われた念仏踊りです。
その様子は、『一遍聖絵』の第6巻に描かれていて、地蔵堂の前に作られた屋根付きのステージで、僧侶や一遍上人を慕う人たちが、狭い舞台で踊り念仏を行なったことが描かれています。
そこには、狭い舞台で念仏を唱えながら踊る姿を、沿道にいる多くの人たちが拝んでいるという様子も合わせて描かれています。
この、片瀬の浜で行われた踊念仏は、身分の高い低いに関わらず、多くの人々が先を争って見物したと伝えられています。
一遍上人は、念仏を唱えるだけではなく、髪を振り乱し、踊りながら念仏を唱えることで、その瞬間を歓喜するという教えを説いたのです。
身分に関係なく、有難い念仏を唱えながらも自身を開放できる喜びは、当時の人たちの心を掴み、日本中で大流行を起こすことになるのです。
もともとは、空也上人から始まった念仏踊りですが、一遍上人は、念仏踊りを始めた空也のことを、「空也は我が先達なり」と尊敬の念を持っていました。
空也上人も一遍上人も、身分の高い低いに関わらず、多くの人々に仏教を説いた僧侶です。
そんな、庶民を巻き込んで、大ブームを生き起こした一遍上人の念仏踊りは、時を経て、宗教性よりも、芸能の面が際立つようになってきます。
室町時代になると、衣装も華やかになり、振り付けや、太鼓などの道具、音楽などにも工夫を凝らすようになりました。
盆踊りが、やっと文献に登場するようになるのもこの頃です。
室町時代に流行した踊りとして、「風流踊り(ふうりゅうおどり)」が挙げられます。
華やかな衣裳を身に纏い、時には仮面をつけて、鉦(かね)や太鼓、笛などで囃しをしながら、歌い、集団で踊る踊りです。
現代でも、初盆の供養を目的とした盆踊りでは、太鼓と共に、「口説き」と呼ばれる歌に合わせて踊ったり、初盆の家を回って踊る地域があるのは、この頃の名残と言えるでしょう。
また、今に残る、賑やかで楽しい雰囲気の盆踊りは、この踊りが1つの要素になっていると考えられます。
このように、初期の頃の盆踊りは、宗教色も強く、供養の意味合いが強い行事でした。
江戸時代に入ると、盆踊りブームは絶頂を迎えます。
江戸では、7月から10月まで、連日踊り明かす日が続いたようです。
その後、段々と盆踊りは、性の開放のエネルギーと結びつき、性的な色を帯びるようになって行きます。
盆踊りは、男女の出会いの場として需要な意味を持っていきました。
しかし、出会いの場に留まらず、中には、既婚者の一時的な肉体関係を持つ場にもなってしまっていたのです。
なぜ、このような乱れた場になってしまったのでしょうか?
そこには、昔から日本人が、盆踊りやお祭りの日を、宗教的に特別な日と考えていたことに紐づけることができます。
合わせて、日本人は性を神聖なものとしていたことから、男女の出会いは、そのような神聖な日にこそできる縁ではないかと考えていたためです。
そのため、盆踊りやお祭りの日に出会った人には、「特別なご縁」があるとして、ほとんどの人が、盆踊りやお祭りの日に出会い、結婚したのです。
この頃の盆踊りには、先祖の霊をなぐさめるような要素は、すっかりなくなり、ただ激しく楽しく踊る行事になっていたのです。
激しく踊り狂ったり、盛り上がるところは、夏のフェスを思い浮かべると似たようなところがあるかもしれませんが、盆踊りを神聖な日として、出会いの場とする考え方は、現在では残っていません。
こうなると、風紀を乱すとして、明治時代には、盆踊りは警察の取り締まりの対象になってしまいます。
その結果、一時は減少傾向にあった盆踊りですが、大正時代に入ると、ラジオやレコードが普及することにより、明るくて健康的な、ご当地の曲が盆踊り曲として、取り入れられることになり、娯楽としての要素が強くなることで、再び盛んになっていきました。
盆踊りの種類
盆踊りにも種類があることをご存知でしょか?
ここでは、盆踊りの種類についてご紹介します。
念仏踊り(ねんぶつおどり)
盆踊りの原型とも言える踊りです。
死者を供養するための踊りで、行列踊りとも言われています。
列を組んで歩きながら踊る盆踊りですが、その名の通り、念仏を唱えながら踊るのが特徴で、 踊る人と歌う人が分かれています。
念仏踊りで代表的なのが、徳島県で行われる「阿波踊り」です。
踊念仏(おどりねんぶつ)・大念踊り(だいねんおどり)
行列踊りと同じように、列を組んで歩きながら踊りますが、特徴的なのは、自ら念仏を唱えながら踊ることです。
「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」の言葉に、節をつけて唱える、宗教舞踊とも言える盆踊りです。
起源は、平安時代の中期に、浄土教の僧侶であった空也(くうや)が行った布教活動です。
念仏を人々に広く普及させるために、空也は踊念仏を利用しました。
平安時代の中期に書かれた『日本往生極楽記(にほんおうじょうごらくき)』と言う、極楽往生をしたものの伝記を集めた本にも、空也の功績を称えています。
踊念仏は、大衆が一緒に踊ることで一体感が生まれます。
後に、日本の伝統芸能である「田楽(でんがく)」と結合し、「やすらい踊り」になりました。
この「やすらい踊り」は、念仏が死霊を鎮める力に期待し、疫病などを引き起こす原因と考えられていた御霊(ごりよう)を鎮めるための宗教的な意味合いを持ちます。
輪踊り(わおどり)
最も一般的で、盆踊りというと一番に思い浮かべるのが、この「輪踊り」でしょう。
櫓(やぐら)を中心にして、その周りを太鼓の音や曲に合わせて踊ります。
なぜ、円を描くように踊るのか?
それは、古代日本で神様が降りてきたところを中心に輪を作って踊ったことが起源になっていると言われています。
知っていますか?盆踊りの雑学
盆踊りにも、様々な「へ~」っと思える雑学が存在します。
他の人にちょっと自慢できる雑学をご紹介します。
歌舞伎と盆踊りの意外な共通点
日本の伝統芸能である歌舞伎の語源には、意外にも盆踊りとの共通点があります。
歌舞伎の語源とされている「かぶく」とは、漢字だと「傾く(かぶく)」と書き、その言葉の連用形を名詞化したのが「かぶき」です。
「かぶく」の「かぶ」は、「頭」の古い名称と言われていますが、もともとの意味は「頭を傾ける」でした。
そして、このような「頭を傾ける」行動という意味から、「常識外れ」や「異様な風体」を表すようになります。
この「常識外れ」や「異様な風体」を踊りにしたのが、出雲阿国(いずものおくに)です。
安土桃山時代の女性芸能者であった彼女は、「ややこ踊り」という踊りを基にして、男装をしながら踊る念仏踊りである、「かぶき踊り」を創始します。
出雲阿国の生み出した「かぶき踊り」は、様々な変化を経て現在の歌舞伎へと繋がるのです。
つまり、歌舞伎の元になった踊りも、盆踊りの原型である「念仏踊り」だったのです。
もしも、出雲阿国が男装をせずに「かぶき踊り」を踊っていたら、今は男性の世界である歌舞伎が、女性の立つ舞台だったかもしれません。
盆踊りが「幸せを招く」⁈
盆踊りには、踊ることによる効果や効能があると言われているのをご存知でしょうか?
何も考えずにただひたすら、踊る盆踊りは、日々のストレスを発散し、リフレッシュ効果や適度な運動になることは想像ができます。
その他にも、美しい姿勢や所作の習得も盆踊りから得ることは出来ます。
しかし、盆踊りは、古来、神仏に捧げるための役目も持ち、精霊を迎え、供養することが目的となっていた踊りです。
ただ踊りを踊ることで、「幸せ」は招かれるのでしょうか?
盆踊りによって招かれる精霊は、善霊であると言われています。
また、悪霊は、太鼓や鳴り物の音に驚き逃げ出してしまうと言われています。
実際に、盆踊りの曲の中には、濁声の歌もありますが、これには「悪魔祓い」のためだと言われています。
このように、善霊を呼び寄せて、悪霊を追いはらうので、盆踊りを踊ると「幸せを招く」と言われているのです。
男女によって浴衣(ゆかた)の着付けは違います!
男女によって浴衣の着付けが違うことをご存知ですか?
最近は、男女で浴衣を着て楽しむカップルも見かけるようになりました。
女性の帯は、ウエストの位置に着付けますが、男性の場合は腰骨の上に帯を着付けます。
特に男性の場合は、前の帯はぐっと低めにし、後ろの結び目の位置は、背中の中心をやや外して結ぶのが「粋(いき)」です。
また、大人の場合は、半幅の帯を結んで、「おはしょり」と呼ばれる、帯の下に余った着物を帯と平行にするように畳んだ部分を調節して、後ろの衿を首からこぶし1つ分くらい目安に抜きます。
このことを、「衣紋(えもん)を抜く」と呼び、大人の着こなしを表します。
あくまでも大人の着こなしなので、子供は抜かなくても良く、中高生なら、こぶし半分くらいを抜くのがおすすめです。
初心者は、結びのも簡単で、クシュクシュ感が可愛らしい兵児帯(へこおび)がいいでしょう。
盆踊りは「奉納舞」⁈
盆踊りを「奉納舞」として考える見方もあります。
「奉納舞」とは、主に神社で行われる、巫女さんが踊る「巫女舞(みこまい)」や、白拍子「しらびょうし」といった舞が元祖とされています。
厳かなこの舞は、素朴で静かな一種の踊りですが、凛々しく踊ることが特徴で、舞をすることにより神仏に祷りを捧げます。
この奉納舞踊は、800年以上もの歴史を持ち、日本の芸能の中でも格の高い伝統的な踊りです。
神聖で厳かな「奉納舞」と、賑やかな「盆踊り」は、全く関係ないようにも思えますが、盆踊りが、このような高尚な「奉納舞」から発生し、民衆に伝わったという説もあります。
そのせいか、現代でも、「盆踊り」を「奉納舞」として、神社の「奉納盆踊り」として開催される場合もあります。
さまざまな盆踊りの曲
盆踊りの曲も様々です。
定番の曲や、流行りの曲、幼稚園児も楽しめる曲など、テーマや年齢層に合わせて主催側が工夫を凝らします。
ここでは、盆踊りの曲にスポットをあててみましょう。
盆踊りの定番曲
「東京音頭(とうきょうおんど)」
盆踊りと言えば、この曲と言えるほど定番なのがこの「東京音頭」です。
歌いだしは、「ハァー踊り踊るなら チョイト 東京音頭 ヨイヨイ!」です。
この曲は、東京と名がついていますが、全国的に定番の盆踊り曲です。
盆踊りの他にも、プロ野球球団「東京ヤクルトスワローズ」の応援歌としても使われています。
作詞は、「東京行進曲」も手掛けた、西條 八十(さいじょう やそ)で、作曲は、「シャボン玉」などの数多くの童謡の作曲者でもある中山晋平(なかやま しんぺい)です。
「炭坑節(たんこうぶし)」
「炭坑節(たんこうぶし)」の歌いだしは、「月が出た出た 月が出た ヨイヨイ!」です。
もともとは、福岡県に伝わる民謡で、福岡県にあった三井田川炭鉱(みついたがわたんこう)の女性労働者が歌っていた曲、「伊田場打選炭唄(いだばうちせんたんうた)」が原曲だとされています。
1932年(昭和7年)に編集され、レコード化されました。
こちらの曲も、プロ野球球団「西武ライオンズ」が、応援歌として使用しています。
現在では、埼玉県のチームですが、前身である「西鉄ライオンズ」は本拠地が福岡だったため、この曲を応援歌として使用しているようです。
盆踊りの曲は、地域の特色が色濃く出るので、地域によって定番曲は変わります。
皆さんの地域では、どんな曲が定番曲でしょうか?
最近の盆踊り曲
最近では、定番曲の他に、若者を呼び込もうと、有名アーティストによって提供された独自の曲や、踊りが振り付けられている盆踊りも登場しました。
中には、面白い試みの盆踊りもあります。
「無音盆踊り」
愛知県東海市で行われる盆踊りです。
耳にイヤホンをつけて、無線ラジオで流れる音源にあわせて踊ります。
観客は、踊りの曲は聞こえずに、踊っている人だけが見えるという不思議な光景です。
しかし、無音盆踊りは、FMラジオから発信されるので、踊り手ごとに別の曲を流すことが可能です。
そのため、内側と外側とで、曲やテンポの違う2つの輪ができるそうです。
「DJ盆踊り」
DJが、盆踊りの曲をアレンジして行うイベントが話題を集めています。
往年のディスコナンバーも積極的に取り入れて、ダンスと共にフェス感満載で行われるイベントです。
東京都の中野区で行われた「中野駅前大盆踊り大会」では、思わぬ珍現象が起こりました。
DJ がボン・ジョヴィの名曲を流したところ、その話題がSNSで広がりを見せ、なんとボン・ジョヴィ本人達が反応した、「盆ジョヴィ現象」が起こったそうです。
このような変わった盆踊りも行われていますが、通常の盆踊りは、もともと太鼓や三味線に合わせて踊られていたものです。
しかし、現在では、CDなどの音源を使って踊るのが一般的なようです。
幼稚園の盆踊り曲
幼稚園でも、夏の楽しい行事として盆踊りが行われることが多いようです。
幼稚園は、お寺や神社が運営していることが多く、そのため、宗教行事である盆踊りと夏祭りを合わせて行われるのが理由として挙げられます。
幼稚園の盆踊りは、「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」などのアニメがもとになっている盆踊りが踊られています。
色とりどりの浴衣や甚平に身を包んだ、賑やかな子供の声が盆踊りの曲と共に響き渡ります。
盆踊りを踊ってみよう!
盆踊りは、見る踊りではなく、参加する踊りです。
今年は、踊り方を覚えて参加しましょう。
盆踊りの基本の踊り方
基本の姿勢
盆踊りには、基本の姿勢があります。
始めに、胸をピント張ります。
重心は落として、「丹田(たんでん)」と呼ばれる、おへそから約9㎝くらい下の辺りに力を入れて、斜め上に引っ張られる感じで、上半身を支えます。
また、盆踊りの基本は、手首は固定したままで、腕を動かします。
頭の上には、何かをのせているかのように、頭部は固定して踊ってください。
さらに、浴衣などの和装は、めいっぱい動くと美しくないので、視界の範囲内で所作をするように踊るの方がきれいに踊れます。
基本の動作
盆踊りは、誰でも参加できるのが特徴です。
「阿波踊り」など、踊り手が、前もって決められている場合もありますが、地域の一般的な盆踊りには誰でも参加できます。
盆踊りには、櫓(やぐら)の周りを囲んで輪になって踊る「輪踊り」、町中を踊りながら歩く「流し踊り」があります。
難しいようですが、ほとんど同じパターンの繰り返しです。
他の人を見ているうちに自然と覚えていけます、多少間違えても怒られることもなく、そのような人は沢山いますから気にする事はありません。
上手な人の後ろについて、真似するのも良いでしょう。
お祖父ちゃんやお祖母ちゃんなどの親戚の人に聞いてもいいですし、周囲の方も気軽に教えてくれます。
あらかじめ、地域で講習会をしてくれるところもあります。
踊り方のコツ
分からなくても、コツを覚えておけば馴染みやすくなります。
まず、曲が終わったタイミングを見計らって、外側の輪に加わりましょう。
盆踊りは、混み具合などにもより、二重や三重の輪が出来て踊っていることもあります。
内側は子供や上手な人の場合もあるので、外側から加わりましょう。
また、会場の係りの人が居れば、ひと言声を掛けてもいいかもしれません。
曲順なども心得ている場合があるので、タイミングを教えてくれる場合もあります。
肝心な踊り方は、やはり、踊りが上手な人の所作を真似る方法です。
盆踊りには、必ず、見本となるような上手な人がいますので、そのような上手な人を見つけましょう。
また、盆踊りは地域の特色が強い踊りなので、中には、自分が覚えている振り付けと違う場合があるかもしれません。
そんな時は、1人だけ違う振り付けではなく、場の振り付けと同じように踊りましょう。
また、振りや歩幅を周囲と合わせることで、きれいに揃って見えます。
初めは、「見ながら」踊っていき、次に「見ずに」踊れるようになったら、最後には「見られて」踊るのです。
次の人へ踊りを繋いでいくことが、盆踊りの面白いところでもあります。
踊りは足に気をつける!
ほとんどの盆踊りは、手のよりも足の動きが重要です。
なぜならば、足や下半身の跳躍運動が、神へ捧げる踊りであるという意味を持つからです。
天と地の間にいる人間が、地を強く踏むという動作には、霊を封じ込める意味があります。
反対に、手を重視した踊りには、神を迎えるという意味を持った踊りです。
ちなみに、漢字の「踊」という字は、「足」と 「甬」から出来ていますが、「甬」は「用」と同じ意味なので、「持ち上げる」を指し、「足を持ち上げておどる意味」ということを表しています。
せっかくなら浴衣姿を着ましょう!
盆踊りの振り付けは、浴衣のような和装で踊ることが前提になっている踊りなので、洋服よりも浴衣で踊ったほうが美しく踊れます。
浴衣は、着て踊る本人も気分が盛り上がりますし、見ている周りも盛り上がります。
粋な踊りと野暮な踊り
日本独特な文化である盆踊りには、「粋(いき)な踊り」と「野暮(やぼ)な踊り」があると言われています。
具体的に、「粋な踊り」とは、その場に調和した自然な踊りのことです。
逆に、「野暮な踊り」とは、独り善がりの踊りのわざとらしい踊りを指します。
盆踊りに、少し慣れてくると、目立ちたくなってしまって、舞台舞踊を真似た踊りになりがちです。
盆踊りは、目立つために踊るのではなく、あくまでも、神仏に捧げるための踊りです。
そのためにも、謙虚な気持ちを持って踊りましょう。
では、「粋な踊り」はどのように踊ればいいのでしょうか?
まず、「無駄のない動き」をする事です。余計な動きをしない、余計な勢いをつけないことで粋に見えます。
反対に、無駄が多いと野暮に見えてしまうのです。
目もキョロキョロさせずに、最低限の動きにしましょう。
次に、「しっかり止まって余韻を出す」ことです。
次の動作へ勢いをつけてしまうと、力が入ってしまって美しくなりません。
「静」の動作を意識して、無駄の無い動きをしましょう。
動くことで、美しくしさを表現するのではなく、止まることの余韻が美しさを生み出します。
最後に、「手首だけで踊らない」ことです。
盆踊りは、手首だけ動かすのではなく、肘から袖、指先までの部分を使って踊ります。
袖からは、手首しか見えないので、手首で踊っているようにも見えますが、肘から指先までを意識することで、美しく踊れます。
最近では、目立ちたいがために、野暮な踊り方の人は多く見られるようになりました。
盆踊りで、一番美しい踊り方は、本来の素朴な踊りです。
盆踊りを踊る意味を考えて、素朴な踊りを楽しんで下さい。
全国の盆踊り
全国には、様々な盆踊りが踊られています。
各地に残る盆踊りを見てみましょう。
古来の信仰が色濃く残る「盆踊り」
新島の大踊り(にいじまのおおおどり)/東京都新島村
新島は、東京から南に約150キロほど離れた、太平洋に浮かぶ小島です。
新島の大踊は、新島の本村(ほんそん)と若郷(わかごう)という地区で行われます。
本村では、8月15日の夕方から、長栄寺というお寺のの境内で行われ、若郷では、8月14日の晩に、妙蓮寺というお寺の境内でそれぞれ踊られます。
寺で行われますが、仏教色は薄く、内容は、伊勢神宮に関連した伊勢踊りや祝儀踊りなどで、先祖供養の意味はありません。
大踊は、男性が踊り手となり、「カバ」と呼ばれる布を笠にぐるりと垂らしたものをかぶります。
この「カバ」の色が、地区によって違い、本村は紫色、若郷は赤色です。
また、腰には印籠(いんろう)を下げます。
この印籠は、踊りの場所に入るための証となり、これを身に付けていない者は、踊りに参加できません。
本村では、踊りの場となる寺に、最後に入ってきた住職が着座すると、檀家総代によってお茶が捧げられます。
住職がこの茶碗を手に持つと、開始の合図代わりとなり、「はいらっしゃい」との声と共に、提灯に先導された大踊の一行が、2列に並んで境内へ入ってきて大踊が始まります。
この新島の大踊りも重要無形民俗文化財に登録されています。
対馬厳原の盆踊(つしまいづはらのぼんおどり)/長崎県対馬市
長崎県厳原町の各集落で、現代まで受け継がれている祖先供養の盆踊りです。
踊り手は、各集落の10代~20代の男性に限られていて、さらに、長男に限定する集落もあります。
選ばれた男性達は、氏神様や寺などの各所を巡りながら、隊列を組んで踊ります。
演目には、「祝言(しゆうげん)」や「太鼓踊(たいこおどり)」などの儀式的な踊りや、「笠踊(かさおどり)」などの風流な踊り、歌舞伎の影響から発生した娯楽的な踊りなど、色々な種類があります。
アンガマ/沖縄県石垣市
アンガマは、あの世からの祖先を表わすと言われるウシュマイ(お爺)と、ウミー(お婆)が、子孫であるファーマー(花子)を連れてやってきて、家々を訪れて踊り、神のお告げのような珍問答を行うという行事です。
実際には、老婆の仮面を付けた2人を先頭に、その後を踊り手が続き、各家を訪ね、語りや歌、踊りを披露します。
アンガマには種類があり、旧盆の夜に祖先の霊を供養するために行う「ソーロンアンガマ」や、婦人を中心とした「節(しつ)アンガマ」、新築儀礼のために行う「家造りアンガマ」などがあります。
遠州大念仏(えんしゅうだいねんぶつ)/静岡県浜松市
静岡県の浜松市で行われる「遠州大念仏」は、この地方の盆行事の1つです。
1572年(元亀3年)に三方原の合戦で戦死した、兵士の霊をなぐさめようと、徳川家康が僧侶に命じたことから始まった念仏踊りだと言われています。
この念仏は、初盆を迎えた家からの依頼で行われます。
頭に笠を被り、笛や太鼓、鉦(かね)を持ち、歌や踊りと共に念仏を唱えながら供養を行います。
一行は30名から50名と大変な大人数で、お囃子を奏でながら初盆の家々を行進しながら廻ります。
日本三大盆踊り
日本三大盆踊りと呼ばれている盆踊りは、「阿波おどり」、「西馬音内の盆踊り」、「郡上おどり」です。
「西馬音内の盆踊り」(にしもないのぼんおどり)
秋田県の雄勝郡羽後町西馬音内で行われる盆踊りです。
毎年、8月16日から18日まで行われていて、秋田県三大盆踊りにも挙げられています。
歴史は古く、700年以上前に、豊作祈願を行うために修行僧が神社の境内にて踊らせたとする説を学者が唱えていますが、明確ではありません。
囃子場を中心として、道路沿いに焚き火をつけ、それを囲うように亡霊に扮装した踊り子たちが踊ります。
踊り子は、浴衣や平袖に笠をかぶるか、目だけを出した頭巾をつけています。
顔を隠すことは、死者を表現しているようです。
歌詞や踊りにも、亡者の踊りとしての物悲しさが感じられます。
1981年1月21日に重要無形民俗文化財に指定されました。
岐阜県の「郡上踊り(ぐじょうおどり)」
岐阜県の郡上市八幡町(通称「郡上八幡(ぐじょうはちまん)」)で開催されるている、伝統的な盆踊りです。
日本三大盆踊りの他、流れる民謡は、三大民謡(郡上節)にもなっています。
「郡上節(ぐじょうぶし)」を演奏する囃子が乗る屋形を中心として、自由に輪を作って周回しながら踊ります。
振り付けの基本は、とても簡素で、初心者でも踊ることができます。
国指定重要無形民俗文化財指定にも指定され、2020年にはユネスコにも無形文化遺産の提案書を提出しています。
徳島の「阿波踊り(あわおどり)」
阿波踊りは、徳島県が阿波国と呼ばれていたことからその名が付いた盆踊りです。
四国三大祭りでもあり、全国的にも広がる大変有名な盆踊りです。
毎年、8月12日から15日に開催され、参加する踊り子も観客数も国内最大規模です。
400年の歴史を持ち、三味線や太鼓などの拍子に合わせて、連(れん)と呼ばれる踊り手の集団が行列になり踊り歩きます。
「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」と言ったリズムも有名です。
徳島県内では、小・中・高校の体育の授業でも採用されているほど、地元に密着している踊りでもあります。
ブラジルでもハワイでも盆踊り⁈
海外でも盆踊りは、日系の人を中心として行われています。
日系人の多い、南米のブラジルでは、「マツリ・ダンス」という、ブラジル風にアレンジした盆踊りがあります。
日系3世のグループが始めた盆踊りで、日本の曲に合わせて、盆踊りのような振り付けを全員が踊ります。
アルゼンチンでも、日系人が行っていた盆踊りが、現代でも各地に残っていて、特にブエノスアイレス州の州都である、ラプラタで行われるものは最大級の規模です。
アメリカ合衆国のハワイや、カリフォルニア、ニューヨークでも、日系人を中心に盆踊りが開催されています。
盆踊りは、先祖の霊をなぐさめる目的があるということが分かりました。
現代では、宗教色は薄くなり、夏の娯楽としての要素が強い盆踊りですが、踊ることで先祖の霊をなぐさめることができたり、自身も元気になる作用がありそうです。
最近は、めっきり盆踊りに参加しなくなっていた方も、今年は盆踊りに参加してみるのはいかがでしょうか?
踊れなくても、浴衣を着て、輪の中に入れば、すぐに踊り手の一員です。
先祖のことを思い浮かべながら、盆踊りを踊って、夏の夜を楽しみましょう。
Writing:YUKIKO-加藤