神世七代とは?京都でお祀りする神社は城陽?城南?

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今回は、記紀神話において一番初めに登場する「別天つ神五柱」の、その次に登場する「神世七代」についてご紹介したいと思います。別天つ神五柱同様、読み方もピンとこない「神世七代」ですが、これを何と読むのかはもちろん神様の御名前、どのような神様であるのかなどについてもお伝えしていきます。

ちなみに、『古事記』と『日本書紀』では登場する神様の順序が違うのですが、その理由、さらに『古事記』と『日本書紀』の歴史的意義の違いなどについても触れていきますよ!

目次

「神世七代」の読み方は?

「神世七代」には2つ読み方があり、どれも正解です。

  • かみよななよ
  • かみのよななよ

また伊勢神道においては「天神七代(てんじんしちだい)」と呼ばれることもあります。

京都で神世七代をお祀りしている場所は城陽?城南?

京都には、有名な神世七代スポットが2箇所あります。片方は神世七代をお祀りする神社ですが、もう片方はお店ですのでお間違いのないようチェックしていってください!

【神社】城南宮

神世七代をお祀りしている神社なら、京都の城南宮が有名です。正確には、神世七代のうち天之常立神をお祀りしているところです。

794年、平安遷都の時代から平安城の南側を守るという意味で「城南宮」と名付けられています。

  • 住所:京都市伏見区中島鳥羽離宮町7番地
  • TEL:075-623-0846

【お店】神世七代(城陽)

京都の城陽にあるお店「神世七代」も、地元で評判のお店。パワーストーンや、スピリチュアルカウンセリングを行ってくれるお店です。

こちらは神社ではありませんので、お間違いのないように。

  • 住所:京都府城陽市寺田袋尻17-11 神世七代ビル
  • TEL:0774-54-7477
  • 木曜、日曜定休。一部の時間を除き要予約。特に鑑定は予約必須です。詳しくはホームページをご覧になるようおすすめします

「神世七代」のメンバー紹介!7人じゃなくて12人いた!!

「神世七代」と言うといかにも七柱(7人)の神がいるような感じですが、実際には十二柱(12人)の神様が登場します。神様の数え方は「人」ではなく「柱」です。これについては「神様の数え方はなぜ「柱」なのか?読み方と由来(理由)を解説!」で詳しく解説していますので、参照してみてください。

神世七代、十二柱の神々は、『古事記』と『日本書紀』でわずかに違いが見られます。(『日本書紀』ではひと柱少なく11柱です)まずは御名前をご紹介しますので目を通してみましょう。

『古事記』に登場する神世七代

まずは『古事記』に登場する神世七代の神様をチェックしてみてください。

  1. 国之常立神(くにのとこたちのかみ)
  2. 豊雲野神(とよくもののかみ)
  3. 宇比地邇神(うひぢにのかみ)・須比智邇神(すひぢにのかみ)
  4. 角杙神(つぬぐいのかみ)・活杙神(いくぐいのかみ)→『日本書紀』に登場せず!
  5. 意富斗能地神(おおとのぢのかみ)・ 大斗乃弁神(おおとのべのかみ)
  6. 淤母陀流神(おもだるのかみ) ・阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)
  7. 伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)

このように、最初の2柱は独立神。あとの10柱はペアの神様で、それぞれ2柱ずつ×5組という組み合わせになっています。

『古事記』本書には、例えば3番目の「須比智邇神」であれば「宇比地邇神、妹須比智邇神」と書かれています。「妹」というのは、「妻である」という意味です。つまりこれらのペア神様のうち、須比智邇神、活杙神、大斗乃弁神、阿夜訶志古泥神、伊邪那美神についてはそれぞれ直前に登場する神様の妻であることが明示されています。

『日本書紀』に登場する神世七代

続いて『日本書紀』に登場する神世七代は以下のようになっています。

  1. 国常立尊(くにのとこたちのみこと)
  2. 国狭槌尊(くにのさつちのみこと)→『古事記』に登場せず!
  3. 豊斟渟尊(とよぐもぬのみこと)
  4. 泥土煮尊(ういじにのみこと)・沙土煮尊(すいじにのみこと)
  5. 大戸之道尊(おおとのぢのみこと)・大苫辺尊(おおとまべのみこと)
  6. 面足尊 (おもだるのみこと) ・惶根尊 (かしこねのみこと)
  7. 伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)・伊弉冉尊 (いざなみのみこと)

ここで、『古事記』には登場する神が『日本書紀』に登場しない代わりに、『古事記』にいなかった神様が登場していることがわかります。また『古事記』と『日本書紀』の注目すべき違いは、神様の違いだけではありません!

『古事記』と違う……『日本書紀』では「国常立尊」が一番最初の神なのはなぜ!?

『古事記』で最初に登場する神は、天之御中主神(あめのみなかぬし)という神ですが、『日本書紀』では、今回の神世七代に登場する「国常立尊」という神様が、日本で一番最初の神様だということになっています。

ちなみに、『日本書紀』正伝のほうには、天之御中主神は全く登場しません。(天之御中主神とその仲間たちについては「古事記に出てくる「別天つ神五柱」とは?読み方は?何の神様なの?」で詳しく解説していますので、ご参照くださいね)

つまり、日本の神話には、原初の時点で2パターンがあると言えるでしょう。

この違いはなぜ起こったのでしょうか? 答えは、『古事記』と『日本書紀』という書物それぞれの性格にあるようです。

『古事記』は国内向け天皇家の歴史書、『日本書紀』は海外向け天皇家の箔付け書

大まかに言えば上記のとおり、『古事記』というのは国内向けの書物です。これに対して『日本書紀』は海外向けに作成された書物だという性格があります。

したがって、『古事記』では天の中心の神様である天之御中主神が一番最初に登場して、その後に日本の国土の礎となる国之常立神が生じ、神世七代が始まり、神世七代の締め括りとして、天皇の祖神である伊邪那岐命、伊邪那美命へとつながっていきますが、『日本書紀』はそうではありません。

天地開闢の後に、まず日本の国土の礎として国常立尊が出現します。この際、天の世界のことはある意味、どうでもいいので、天之御中主神はなかったことにされます。そして、日本の国土をどのような理屈で天皇家が治めることになったのかが「歴史として」書かれるのが『日本書紀』です。

実際に『日本書紀』は中国向けを意識して漢文で書かれているのに対し、『古事記』は日本の言葉、大和言葉で書かれています。

その点で言えば『古事記』のほうはあくまでも、歴史書ではなく神話の書であり、現代人の私たちから見れば、赤本とライトノベルくらいの違いはあるわけです。




「神世七代」それぞれの意味と性格

それでは、神世七代12柱の神々、それぞれの意味や性格について見ていきましょう。まずは『古事記』をもとにして12柱の神様を、次に『古事記』に登場せず『日本書紀』で出てくる1柱の神様を解説します。

1.国之常立神(くにのとこたちのかみ)

『古事記』では別天つ神五柱の次に、『日本書紀』では「国常立尊」として、天地開闢の直後最も早く登場する神様です。『古事記』では性別がないとされますが『日本書紀』では男神と明記されています。「国底立尊(くにのそこたちのみこと)という別名があります。

「国之常立」(くにのとこたち)とは、常に立つという漢字を書きますが、この他に「床立」という意味もあると言われています。つまり国土がしっかりと床(地面)として成立した様子、それを国之常立神という神が成立させた、この大地にしっかりと常に立っている盤石な神である、ということを主張する御名前です。

これはつまり、日本の国土の安定を指し示しますが、同時に国之常立神は、特に『日本書紀』においては伊邪那岐命、伊邪那美命、ひいては天照大神につながる皇室の祖先ですので、中国を始めとする海外諸国に「天皇家の国土支配が正当であること」「天皇こそが、日本の唯一の、かつ正しき支配者であること」をアピールするための最大限に重要なキャラクターと言うことができます。

2.豊雲野神(とよくもののかみ)

『日本書紀』において3番目に登場する神、「豊斟渟尊(とよぐもぬのみこと)」とは同一の神様です。『古事記』では性別がなく、『日本書紀』では男神とされました。

豊雲野神については、「豊かな雲」と「豊かな野」を示す名称であると考えられており、地を固めた国之常立神に続いて、天の豊かな恵みを受けて地を豊かに育む神としての性格を持っています。作物や、豊穣の神、豊かな状態の神格化であると言えます。

3.宇比地邇神(うひぢにのかみ)・須比智邇神(すひぢにのかみ)

『日本書紀』では泥土煮尊(ういじにのみこと)・沙土煮尊(すいじにのみこと)と表記される神様です。

宇比地邇神は男性神、須比智邇神は女性神であるとされ、須比智邇神が宇比地邇神の妻にあたります。男女一対の神としては、日本神話上初めて登場するカップル神がこの2柱です。それまでは『古事記』では性別なし、ペアなしの「独神」、『日本書紀』でも男神2柱が登場していましたがカノジョがいなかったので、相方のいる神様というのはこれが初めてというわけです。またさらに、須比智邇神については日本で初めての「女神様」と言うことができるでしょう。

この2柱の神様は、泥や砂を神格化したものです。泥、砂については、農耕に欠かせないものでもあり、かつ、家の建築を行う時にも適切に使用する必要があります。

さらに「国土」という意味でも、非常に初期の段階で国之常立神に準じて登場する大切な神様です。

4.角杙神(つぬぐいのかみ)・活杙神(いくぐいのかみ)→『日本書紀』に登場しない『古事記』のみの神様

角杙神、活杙神の2柱は、『日本書紀』には登場しません。

この2柱の代わりに『日本書紀』の神世七代に入ってくる「国狭槌尊」については、リストの最後に解説しますのでお待ちくださいね。

角杙神と活杙神も夫婦ペアの神様で、活杙神が角杙神の妻であるということになっています。

現代語でも「育む(はぐくむ)」という言葉があるように「くむ」というのは成長することを意味する言葉であり、さらに「杙(くい)」=「杭」ですから、地面に刺す棒のことを示しているとも言われますが、いまだに詳しいことはわかっていません。

恐らくは杭や、植物の成長力のようなものをを神格化した神であろうと推測がなされています。

5.意富斗能地神(おおとのぢのかみ)・ 大斗乃弁神(おおとのべのかみ)

男女ペアの神様で、意富斗能地神の妻が大斗乃弁神です。

『日本書紀』では、大戸之道尊(おおとのぢのみこと)・大苫辺尊(おおとまべのみこと)と表記されています。

各神の名前のうち、共通している「おおと」の部分は「大戸」つまり「大いなる門戸(門や戸口)」のことを示していますので、これが建物に関する神、建物の守り神であることがわかります。

さらに「地」=男性あるいは父親。「弁」=女性あるいは母親、という意味合いがある言葉ですので、意富斗能地神と大斗乃弁神の2柱は、家や建物を神格化した夫婦神であると言うことができます。

6.淤母陀流神(おもだるのかみ) ・阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)

『日本書紀』では、面足尊 (おもだるのみこと) ・惶根尊 (かしこねのみこと)と表記されています。

夫である男神が淤母陀流神、その妻となる女神が阿夜訶志古泥神です。

淤母陀流神については、名前の解釈が諸説ありますが、「おも=面」「だる=足る」つまり面立ちが足りている(=イケメン男子!!)という意味であるとする説が主流です。

また阿夜訶志古泥神に関しては「あや=なんてことだ!(という意味の感動詞)」「かしこ=畏(畏れ多い)」「ね=親しみをこめた呼称(さん、ちゃん。女性であることを示す?)」という言葉の寄せ集めであり、夫である淤母陀流神(イケメン)に対して「なんと恐れ多くすばらしい女子であろうか」という賞賛と考えられています。

結論としてこの二柱は、人体の充実、そして男性性、女性性そのものの神格化であると捉えられる向きが主流となっています。

7.伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)

ここでようやく、知名度の高い伊邪那岐神と伊邪那美神の登場です。

『日本書紀』では伊弉諾尊 (いざなぎのみこと)・伊弉冉尊 (いざなみのみこと)と記載されることもよく知られていて、どちらの表記も正解です。

そしてやはり知られているとおり、伊邪那岐神の妻が伊邪那美神となっています。

現代語に「誘う(いざなう)」という言葉がありますが、いざなぎ・いざなみの「いざな」の部分はまさにこの言葉とつながっており、互いに相手を「誘う」神であることが示されます。

「ギ」あるいは「キ」は、この時代において、男性の名前の末尾につけられる文字であったことが指摘されています。

同様に「ミ」は女性の名前の末尾を示す言葉です。

これにより、いざなぎ・いざなみは「お互いに誘い合う男女の神」、つまり国土の基礎となる「夫婦」の神であることがわかります。

現在でも、伊邪那岐神と伊邪那美神の2柱は、縁結びの神様として全国に祀られているほか、パワースポットと呼ばれる場所もたくさんありますよ!

こちらも参照してね:「強力!恋愛パワースポット【東京都内編】神社から穴場まで縁結びの最強はどこ!?

国狭槌尊(くにのさつちのみこと)→『古事記』に登場しない『日本書紀』のみの神様

さて、神世七代のうち「国狭槌尊」だけが、『古事記』には登場せず『日本書紀』に登場する神様となっています。

『古事記』にも「国之狭土神」という、名前のよく似た神が登場しますが、天地開闢のくだりではなく、その後神生みの段になって、伊邪那岐神と伊邪那美神の孫として生成される国土神の一人としての登場です。したがってここで神世七代に数えられる『日本書紀』の「国狭槌尊」と、『古事記』の「国之狭土神」とは、別の神なのではないかと考えるほうが妥当のようにも思われます。同じなのか違うのかという歴史的見解はまだ定まっていません。

国狭槌尊は『日本書紀』において、国土を確立する神「国常立尊(くにのとこたちのみこと)」の次に登場し、豊かな天地の神「豊斟渟尊(とよぐもぬのみこと)」へとバトンをつなぎます。

この中で国狭槌尊の立ち位置がハッキリと確定しているわけではありませんが、諸研究によれば「さつち」の「さ=稲」であり「つち=土」であると解釈できることから、国土大地の神、そして非常に原初的な稲作の神の一人であったと捉える向きが主流です。

神世七代、最初の2柱は隠れ、後の10柱は会議し、伊邪那岐命、伊邪那美命に国土を作らせる

『古事記』において、神世七代の神様たちは七代、十二柱。最初の「国之常立神」「豊雲野神」の2柱はそれぞれパートナーのいない「独神」ですから、一柱一代。残りの10柱はそれぞれ2柱1組、すなわち二柱で一代とされています。

独神の2柱は、現れてすぐに身を隠して(どこかへ行って)しまいます……どこいったんじゃ

一方で、残りの隠れなかった神様たちは、会議をして、末の弟妹カップルとも言える(このあたりは兄弟も夫婦もごちゃまぜであることを、私たちは納得しなくてはなりません)伊邪那岐命、伊邪那美命の2柱に、日本という島を改めて作らせる運びとなるのです。ここからようやく、子どももよく知る日本の成り立ちが始まるわけですが、それまでに別天つ神五柱、そして神世七代といった神々がいたことも、オトナなら軽く知っておいていただくと良いのかな、と思います。

Writing:陰陽師の末裔/占い師・パワーストーンアドバイザー
あん茉莉安(ホームページ

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