お釈迦様のお誕生日をお祝いする灌仏会(かんぶつえ、花祭り)と言えば、「甘茶」が名物です。
お釈迦様が誕生した時の姿を表わした「誕生仏」という小さな仏像に甘茶を注ぐのですが、境内や周辺で参拝者にふるまわれたり、お土産として持ち帰れたりするお寺もあります。
こちらのページでは、有名だけれど意外と知らない、「甘茶」とは一体なんなのか、なぜお釈迦様に甘茶をかけるのか、作法や決まりはあるのかなどをご紹介します。
あわせて、ご自宅で甘茶を飲むための甘茶の作り方やアレンジレシピ、灌仏会(花祭り)を盛り上げる行事食についても触れますので、ぜひ、最後までご一読ください。
「灌仏会(花祭り)」とは?
灌仏会(花祭り)は、釈迦の誕生日を祝う法要です。
旧暦4月8日に行われていた行事のため、現在では多くのお寺で、現在の暦の4月8日に行われています。
灌仏会(花祭り)では、お釈迦様誕生の際に龍が天から香湯(香水)を降らせたという故事に基づき、お釈迦様の誕生時の姿を表わした誕生仏(像)に甘茶をそそぐ風習があります。
参拝者がその注いだ甘茶をいただいて家に持ち帰り、その甘茶で墨をすって「千はやぶる卯月(うづき)八日は吉日よ 神さけ虫を成敗ぞする」と紙に書き、蚊帳(かや)の吊り手に結んだり、玄関や戸口に貼っておくと虫除けのご利益があるとされています。
また仏教系の宗教法人が運営する幼稚園や保育園などでは稚児行列を行うところもあります。
ただ、民間においては、この日のを「卯月八日(うづきようか)」と呼びならわし、山の神に関係した行事を行う地域もあります。
ちょうどこの花祭りの日の時期は農業や山野での作業が活発にある農耕シーズンでもあり、花祭りは無関係となる春季到来を祝う行事として、飲食物を山の神や田の神に捧げたり、それらの飲食物を食べて飲んで遊興を楽しんだりします。
「灌仏会(花祭り)」の甘茶とは?
甘茶とは、バラ目ユキノシタ科アジサイ属(または、ミズキ目アジサイ科アジサイ属)の植物「アマチャ」の葉を蒸してもみ、乾燥させ、煎じて作ったお茶です。
アマチャはガクアジサイのような花を咲かせる低木で、丈は1mほどまで成長します。
葉をもみ、乾燥させて煎じたものは、古くから「甘茶」というお茶として親しまれており、また、自然の甘みがあり、薬効があるということで、薬用甘味剤として、「日本薬局方」に収録されています。
甘茶の甘みはアマチャ本来の甘みであり、砂糖を足したものではありません。
※アマチャはウリ科の多年草「アマチャヅル」とは別の植物です※
甘茶は甜茶の一種
甘味のあるお茶と聞くと、甜茶(てんちゃ)を思い浮かべる方もいるかもしれません。
甜茶とは、中国で春節(旧正月)などに飲まれる甘いお茶で、材料は何であれ、「草木から作られた天然の甘みがあるお茶」の総称です。
ですので、甘茶は甜茶の一種ということになります。
お釈迦様(誕生仏)に甘茶をかけるのはなぜ?(理由・由来)
灌仏会(花祭り)で甘茶を用いるようになったのは、江戸時代頃からと言われています。
灌仏会(花祭り)はインドが発祥とされ、日本へは奈良時代に伝来したと云われます。
当時は5種の水である「五香水(ごこうずい)」または「五色水」と呼ばれる香水を注いでいました。
香水とは、香木(香りの良い木)を沈めるなどして匂いを付けた水で、法要の時などに用いられる神聖な水とされています。
香水を用いていたのは、龍が降らせたと伝わる香湯(香水)にちなんでのことですが、なぜかその香水が甘茶に取って代わられました。
理由は明らかではありませんが、仏伝にある「香湯」を「甘露(かんろ)」と解釈したこと、香木よりもアマチャの方が手に入りやすいこと、法要に参加した人たちに飲み物として振る舞えることなどがポイントだったものと考えられます。
甘茶は甘露の代用品だった?!
一説には、一度飲めば死ぬことがなくなるという甘露の代用品が甘茶であるとも云われます。
甘露とは中国の伝説に登場する霊水のことです。中国では王が仁政を布けば、天がその功績を讃えて「甘美の液を降らせる」と云われ、その液こそが甘露になります。
甘露を飲めば、たちまちのうちに苦悩が癒されて長寿になり、死者も蘇らせることもできるとされています。
現今に至っては、灌仏会(花祭り)に参加して甘茶を飲むと縁起が良いとか、無病息災のご利益があるなどと言われることもありますが、この甘露の代用である甘茶を天から降り注いだ霊水に見立てて、それを釈尊の頭へ注ぐことによって釈迦が長久の霊力を帯び、永遠に自分たちを守護してもらえると考えたのが甘茶を釈尊像へかける最大の理由です。
なお、アマチャは日本の植物ですので、灌仏会(花祭り)に甘茶が用いられるのは、日本のみなのだそうです。
灌仏会で甘茶を使うようになった理由、由来について詳しくは、当サイトの以下のページ↓でご紹介しています!
お釈迦様の誕生日「灌仏会(花祭り)」はいつ?甘茶や白象の意味・由来、自宅で祝う方法も解説!
「灌仏会(花祭り)」の甘茶のかけ方・作法
灌仏会(花祭り)の会場(主にお寺のお堂か、お堂の前の広場など)には、花御堂と呼ばれる花で飾り付けた小さなお堂に見立てた台があります。
その中に、「灌仏盤(かんぶつばん)」または「浴盤」、「水盤」などと呼ばれるたらいがあり、この灌仏盤の中央に、誕生仏が安置されています。
灌仏会(花祭り)で甘茶をそそぐ誕生仏は、一般的には、像高10㎝~30㎝ほどの小さな像です。
灌仏盤は甘茶で満たされていますので、置いてある柄杓でその甘茶をすくい、誕生仏の頭からそそぎます。
左右どちらの手を使うとか、何回そそぐとかいう決まりは特にありませんが、「3回そそいでください」などと案内のあるお寺もあります。
お釈迦様の誕生を祝い、ご先祖や親御さんへの感謝、自らの無事と健康への感謝の気持ちを込めて、失礼のないように、ゆっくりと丁寧にそそいでください。
※灌仏会(花祭り)が行われるすべてのお寺に誕生仏があるとは限りません。お近くのお寺で灌仏会(花祭り)が開催されるかどうか、また、誕生仏があるかどうかは、事前に直接問い合わせるなどしてご確認ください。
確認!お寺の参拝方法(手順・作法)
神社ですと、「鳥居の前で一礼」とか、「参道の真ん中は歩かない」「手水舎で手口を清める」など、参拝するためにはいくつものしきたりや作法があります。
一方、お寺の参拝には、基本的には神社ほどの決まりはありません。
手水舎も賽銭箱も、もともとは神社のものだったので、お寺にはある場合も、ない場合もあります。
神社と寺の参拝方法の最も大きな違いであり、お寺で気を付けるべきほぼ唯一の作法は、手を静かに合わせるだけで、音は立てないということです。
また、手を合わせている時に、本尊の名前や題目を唱えてからお願い事をするのが正しい手順とされています。
お寺によっては、お参りする場所の近くに、「ここは○○衆の寺院で本尊は○○如来なので、南無○○仏と唱えます」と案内が出ている場合がありますので、あればそれに従います。
基本的には「南無(心から信じて頼りに思っていると言う意味)」の後に、仏様のお名前を唱えます。例えば、御本尊が阿弥陀如来なら「南無阿弥陀仏」です。
日蓮宗の場合は、題目、つまり、「南無妙法蓮華経」を唱えます。
まあ、密教では「真言」と呼ばれる短いお経を唱えます。
お寺の参拝方法(手順・作法)
1.山門をくぐる
※山門前で会釈または合掌するとより丁寧です。
2.手水舎があれば、神社と同様に手口を清める
3.お賽銭を納める
※投げ入れず、手のひらからそっとこぼすように!
4.鐘があれば紐を引いて鳴らす
5.手を合わせ、深くお辞儀をして参拝する
※本尊のお名前などを唱えた後、日頃の感謝を述べたり、お願い事を伝えたりします。
※禅宗や密教系(真言宗、天台宗)の一部の宗派・お寺では、参拝の作法が細かく指定されている場合があります。現地の案内に従ってください。
自宅でもできる!「灌仏会(花祭り)」の甘茶の作り方(入れ方)
甘茶のおいしい作り方(入れ方)
パッケージに入れ方の説明書きがある場合は、基本的にはそれに従ってください。
後述しますが、甘茶は濃すぎると中毒を起こすことがあるという報告があります。
茶葉を使用する場合、煮出しても、お湯に漬けておいても(浸出)美味しくいただけます。
茶葉の真空パックの他、茶葉が1~2gずつティーバッグに入っているものや、粉末タイプのものも販売されています。
甘茶の基本の作り方
①水1Lに対し2~3gの茶葉をティーポットに入れる
※ティーポットの容量は300ml~500mlのことが多いので、茶葉はティースプーンで1杯程度(1~2g)が適量です。
②ティーポットにお湯(熱湯)を入れる
※お湯を冷ます必要はありません。
③お好みで2~5分程度待ってから茶葉を取り出す
※浸出時間が長くなると、えぐみが出やすくなります。味を強くしたい場合は、茶葉の量を調整してみてください。
※茶葉は2、3回程度繰り返し使えますが、使い続けるとタンニンによる苦味が強くなります。
※ホットでもアイスでもおいしくいただけます。
甘茶の主な成分と効能(効果)
甘味成分(フィロズルチンとイソフィロズルチン)
アマチャは、葉を乾燥させることによって甘味が出ます。
アマチャに含まれるグルコフィロウルシンという苦味成分が、乾燥後に加水分解されることで、酵素の作用で甘味成分のフィロズルチンに変化します。
フィロズルチンは、砂糖の主成分であるショ糖(スクロース)の400倍以上、砂糖の1000倍以上の甘みがあると言われます。※甘茶の甘みの強さは、製造方法などに左右されるため、商品によって異なります。
そのため、砂糖が普及する前は、甘味料として重宝されていました。
甘茶はノンカロリーなので、甘いお茶が好きだけれど砂糖は控えたいという方には、特におすすめの飲み物です。
苦味成分(タンニン)
タンニンは、お茶各種やワインなどに含まれる苦味成分で、特に毒というわけではありません。
お茶の苦味を感じられる一方で、ノンカフェインなので、カフェイン飲料を控えている方も、安心してお召し上がりください。
ルチン
ポリフェノールの一種であるルチンは、そばに多く含まれていることで知られています。
抗酸化作用があり、出血性疾患、脳卒中などの予防に効果があるという研究報告もあります。
サポニン
お茶類や大豆などマメ科の植物に多く含まれるサポニンには、動脈硬化や心筋梗塞、脳梗塞などの予防に役立つ抗酸化作用があります。
また、免疫力向上、便秘解消、肌荒れ防止などの効果があるとされています。
甘茶(アマチャ)の効能(効果)
アマチャは、日本独自の生薬としても親しまれてきました。
アマチャの粉末やエキスは、苦い薬に甘味を添加するのに使われたり、口腔清涼剤の原料として使われたりしています。
甘味が強いため、民間療法では、糖尿病患者のための甘味料としても用いられます。
また、カフェインがはいっていないので、胃弱、食欲不振の方向け、または口臭除去のための茶剤(複数の生薬を調合した薬剤)に使われることもあります。
薬としては、以下のような作用が報告されています。
- 抗腫瘍作用、抗アレルギー作用、抗菌作用、利胆作用
また、肌に良いとも言われ、昔から化粧品や入浴剤にも用いられています。
濃すぎる甘茶は中毒の危険がある・・!?
甘茶は昔から親しまれてきたお茶で、有害な成分は含まれていません(報告されていません)ので、安心して日々の生活に取り入れてください。
ただし、2009年と2010年に、灌仏会(花祭り)で甘茶を飲んだ人たちに、嘔吐などの症状が出た事例が報告されており、原因は、「甘茶が濃すぎたこと」だとされています。
アマチャおよび甘茶に有害な成分が含まれているという報告はありませんので、濃いお茶を飲むことで何らかの(元々は有害ではない)成分を取りすぎたことが、症状に繋がった可能性があります。
このことから、厚生労働省は、甘茶は濃く作らないこと、市販の茶葉や粉末の甘茶を使う場合には、水1Lで煮出す茶葉は2~3gとすることを推奨しています。(ただし、茶葉を5g程度入れた方が美味しいと感じる人もいて、それくらいの分量でも全然問題ないようです。)
例えば、緑茶(煎茶)ですと、煮出しはしませんが、お湯100ml前後に茶葉4g前後で作ることが多いので、甘茶の「水1Lに茶葉2~3g」というのは、見た目には非常に少なく感じます。
甘茶を作る際には、念のため、しっかり計量することをおすすめします。
甘茶を使ったアレンジレシピ
甘茶の味は、時に、砂糖を入れた薄めの麦茶に例えられます。
砂糖よりもまろやかで素朴な甘さが後に残るような独特な味わいで、普通に入れて飲んでもおいしいのですが、アレンジして楽しむ人もいます。
以下では、甘茶を使ったアレンジレシピを簡単にご紹介します。
レモンを加えてレモネード風!
甘茶にレモン汁を入れると、もちろんレモンティーになるのですが、甘茶は紅茶ほど味が濃くない(薄く入れる)ので、どちらかというと葉の味よりも甘味が勝り、それがレモンと合わさって、レモネードのような味わいになります。
しかも、砂糖やはちみつは必要ありません!
ミントを加えてミントティー!
甘茶にミントを浮かべたり、甘茶を作る際にミントなども一緒にお湯に入れたりすると、甘茶がよりすっきりとした味わいになります。
ミントを多め、甘茶を少なめにすると、甘茶の味が隠れるので、無糖でも甘いミントティーの出来上がりです。
甘茶の自然な甘みは、ミントの強い味や香りと相性抜群なので、ミントティーの甘み付けにはぴったりなんです。
アイスティーにしたり炭酸水で割ったりしても、おいしくいただけます。
牛乳を加えてミルクティー!
牛乳や豆乳を加えて、ミルクティーにするのもおすすめです。
そのまま加えても良いですが、牛乳または豆乳を温めたり、泡立てたりすると、口当たりがやわらかで、よりおいしくなります。
ドクダミ茶などとミックス!
甘茶は、漢方薬などに甘味を加えるためにも用いられる自然の甘味料ですので、苦いお茶に少し混ぜるのもおすすめです。
健康のために普段からドクダミ茶などを飲んでいるという方は、ぜひお試しください。
苦いお茶の味がまろやかになって、飲みやすくなります。
紅茶などの代わりにお菓子に入れる!
例えば紅茶ケーキや紅茶ムースなどのレシピの紅茶の代わりに、甘茶を入れてみると、また違った風味のお茶スイーツが出来上がります。
甘茶は薄め・少なめがポイントなので、紅茶ほどや香りは尽きませんが、何と言っても砂糖なしで甘くなるのがメリットです!
「灌仏会(花祭り)」の食べ物(行事食)
灌仏会(花祭り)には、甘茶以外に特別に登場する食べ物・飲み物(行事食)はありませんが、仏教の行事ということで、お食事に精進料理を用意するのもおすすめです。
きちんとした精進料理でなくても、当日の1食分だけは肉や魚を避けた食事にしてみると良いかもしれません。
また、次のような食材も、仏様に通じ、縁起が良いとされているので、取り入れてみてはいかがでしょうか。
タケノコ
タケノコは、天に向かって真っすぐ伸びることから、生まれてすぐに立ち上がって天を指示したお釈迦様に重ね合わせられます。
地上に顔を出したばかりのタケノコは笋(しゅん)と呼ばれ、別名を「仏影蔬(ぶつえいそ)」と言います。
「仏」はお釈迦様、「影」は姿や面影、「蔬」は青物や野菜という意味を持っています。
ソラマメ
ソラマメ(空豆)は、サヤが空に向かって伸びていくことからこの名前が付いているのですが、色々な別名を持っています。
例えば、「天豆」、「仏豆」とも呼ばれます。
こちらもお釈迦様とつながる縁起の良い野菜ということで、灌仏会(花祭り)を始めとする仏教行事の際の食べ物としておすすめです。
ただ、ソラマメの旬は5月から6月頃で、4月8日ではやや早すぎるので、豆を食べるのではなく、手に入ればその花を飾るというのも、良い取り入れ方です。
ウド
ウドは、漢字で「独活」と書きます。
これは、風がない時に勝手に(独)動いている(活)ように見えることから付いた漢名に由来し、日本では、時に「自立心・独立心」を象徴するものと解釈されています。
(一方、ツルで伸びる植物(アサガオなど)は、「自立しない」ことの象徴とされ、仏花には不適とされています。)
また、「独活」の「独」という文字が「唯我独尊」に通じから良い、と言われることもあります。
ウドは4月頃、ちょうど旬を迎えています。
季節の味を、ぜひ味わってみてください。
この他に、道端に咲く「ホトケノザ」も、仏様(お釈迦様)にちなんだ花として、好んで取り入れられます。
若い葉は天ぷらなどにして食べられるそうですが、若いタケノコや空豆の花と一緒に、フラワーアレンジメントなどにして飾るのもおすすめです。
甘茶に関する伝承・風習
甘茶は「甘露」にちなんで灌仏会(花祭り)で用いられることから、何らかの力を持つものと考えられてきました。
例えば、既に触れたように、灌仏会(花祭り)で甘茶を飲むと無病息災のご利益があると言われたり、甘茶ですった墨で習字をすると上達すると言われたりします。
また、冒頭でもご紹介したように甘茶には虫よけの力があるという信仰は、かつて全国にありました。
灌仏会(花祭り)の日にお寺に参拝した人が甘茶を持ち帰り、その甘茶を混ぜてすった墨で白い紙や短冊に虫よけのおまじない(または「虫」の字)を書いて、家に貼るのです。
玄関に貼れば、蛇やムカデなどを寄せ付けず、トイレに貼ればウジ虫がわかないなどと言われていました。
また、半紙をさかさまに貼るのが良いとされる場合もあります。