お賽銭を入れる理由や起源と金額はいくらがいい?お賽銭は投げ入れていいのか?

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寺社へ訪れた時、必ずお供えするものがあります。

なんだかお分かりになりますか?

そうです。お賽銭です。

そんなことタイトルに書いとるやないかぃ!このアホが!・・と、まぁそぅ言わずに続きをご覧ください。

以下では、お賽銭を入れる理由や起源のほか、お賽銭の入れ方、理想の金額と、『お賽銭は投げ入れても良いのか?』についても述べています。

ほとんどの人がお賽銭を賽銭箱に入れる(お供えする)とき、1円玉や10円玉、100円玉を奉納する(投げ入れる)方が多いと思います。(統計によると初詣は100円玉が一番多いようです)

基本的にお賽銭の額は決まっていないので、それでもいいのですが、もし縁起の良い数字があるのであればそれにちなんだ金額を奉納したいとは思いませんか?

たとえばこんな数字があります。

■お賽銭にすると縁起の良い&悪い金額と金種

5円玉

すでにご存知の方が多いように、定番の「ご縁がある」の願掛けとして有名です。

この他にも、真ん中に穴がポっカリ、スぅエっト穴ボコが開いているので「先が見える=未来が見える=先見の明→吉兆・幸運を呼ぶ」という意味にも通じます。

10円玉

10円玉は「縁が遠くなる(とお”10/十”くなる)」という意味合いになるので、あまり良い意味合いにはなりません。

だからとって10円玉を入れてはいけないワケではありません。大事なのは気持ちですので。オホ

50円玉

50円は5円の10倍の倍数です。したがってそのご利益も「5円(ご縁)が10倍」に通じます。

5円玉と同じく真ん中にポっカリ、スぅエっト穴ボコが開いているので「先が見える=未来が見える=吉兆を呼ぶ」という意味にも通じます。

逆にご縁がなくなる(0になる)の意味にも通じます。はてさて・・。

100円玉

100は「最大」や「すべて」を意味する数字です。例:「100点満点!」「百も承知」「百科事典」「百科事典」など。

つまり、「願いがすべて聞き届けられますように・・」に通じる数字です。

500円玉

500円玉は知っている方も多いと思われますが、「これ以上、効果(硬貨)がない」または、硬貨がないのでの「先がない」意味合いで知られています。

また、50円に続き「ご縁が、さらに(”0”が2つ)なくなる」にも通じます。

1000円札

1000は「100(すべて)が0(なくなる)になる」に通じます。

上述していますが、これはあくまでも語呂のようなものであり、大事なのはお気持ちです。奉納してはならない金額や金種はありません。

1万円札

万円の”万”と”円”を入れ替えて→円万とすると→「円満」になります。

したがって「円満のご利益を授かることができる」に通じる言葉になりますが、逆に「100(すべて)」が00(完全になくなる)」という意味合いにもなります。

■こんな組み合わせも・・

組み合わせ次第によっては、たとえば10円玉でも縁起の良い数字に変えることができます。

5円玉+5円玉=10円

重ね重ね(”重=10”)のご縁が授かれますように・・

5円玉を4枚

良い(4い)ご縁が授かれますように・・

5円玉を9枚=45円

終始(4ゅう始)、ご縁(5円)がありますように・・。

5円玉を8枚+1円玉を4枚=44円

幸せ(4を合わせて”44”)が訪れますように・・に通じる

5円玉を23枚=115円

イイ(11)ご縁(5円)を授かれる

5円玉を25枚=125円

十二分(12分)なご縁(5円)が得られる

十二分に願いが届く

5円玉を83枚=415円

良い(41)、ご縁(5円)が賜われますように・・

5円玉を97枚=485円

四方八方からのご縁がありますように・・

5円玉を2枚+1円玉=11円

11(イイ)ご縁(5円)がある

10円玉+5円玉=15円

一期一会(”いちご”いちえ)での良いご縁が授かれる

(観光に行った先の寺社へのお参りに最適)

もしくは、十分(10ぶん)に願いが届く

10円玉を2枚+5円玉=25円

二重(20)にご縁を授かれますように・・

1000円札2枚+100円玉9枚+50円玉1枚+1円=2951円

福来い(2951)

10000円札2枚+1000円札9枚+100円玉4枚+50円玉1枚+1円=29451円

福よ来い(29451)

■逆に悪い組み合わせも・・

5円玉を15枚=75円

「な(7)んのご縁(5円)もない」

5円玉を13枚+1円玉を4枚=69円

ご利益をロク(69)に授かることができない

5円玉を17枚=85円

や(8)はり、ご縁(5円)がない

十円玉8枚+1円玉9枚=89円

「89」が”厄(やく=89)”に通じるので、あまり縁起が良くない。ただ、浄化された聖水に89円を沈めて祈願することで厄除けのご利益が授かれる・・かも?ウフ

5円玉を6枚+1円玉3枚=33円

ご利益が散々になる

10円玉を9枚

重(10)なるような苦労(9労)が訪れる


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■神社で縁起の良い数字

「8」=八百万の神もしくは「陰陽の真理」を示す。神道において「8」は無限を意味する。

「9」=「陰陽の真理」をはるかに超越した数字とされる

「753」=七五三の祈願→幸福招来に通じる

■お寺で縁起の良い数字

「3」=三毒、三欲に通じる(奉納・祈願することで浄化がのぞめる)

「7」=幸福招来の神「七福神」に通じる。もしくは「七回忌」や「七七回忌法要」に通じた物事の最小単位を示す。

「12」=「十二神将」や「十二支」「十二星座」など世のサイクルを作る数字とされる。

「33」=三十三観音に通じる

「42」=仏像の千手観音の腕の本数

「108」=人間の煩悩の数に通じる。=除夜の鐘の鐘つきの回数。(煩悩を祓ってくれる)

「1000」=千手観音、千日回峰行(密教系の寺院)、千日詣に通じる

「46000」=仏教では46000日参拝すると一生分の功徳を積める

■お賽銭の入れ方「お賽銭は投げ入れていいの?バチがあたらない??」

お賽銭を入れる時、投げて入れる方がほとんどでしょう。だってあなたが両親に連れられて初めて神社やお寺に行った時、あなたの両親が投げていれていたからです。

そんな両親を見て育ったあなたも当然、投げて入れるものだと思うのが必然というものです。

あなたはお賽銭を投げ入れていいものだと思いますか?

少し考えてみて下さい。

・・

・・

はい!残念無念〜!正解は、実はお賽銭は投げ入れても良いとされています。

この理由はなんだかお分りになりますか?

理由は神社とお寺とで若干分かれますが、おおむね次の通りです。

神社でお賽銭を投げ入れて良いとする理由

お賽銭(お金)は現代風の「お供物」。お供え物をを投げて「チャリンっ!」という音をさせてお供えすることで邪気を祓うことができるとされています。

これは巫女さんがお神楽を舞う時に手に持つ鈴(神楽鈴)や賽銭箱の上の鈴に等しく、鈴の音色で神々の降臨を促し、邪気を祓うとされています。

すなわち、意味合い的には「聖なる音」と解釈されます。

お寺(寺院)でお賽銭を投げ入れて良いとする理由

お寺の場合は、真摯に祈願を捧げてお聞き届けいただきたいという意味合いで、仏様に対して清浄で清らかな心をお賽銭(お金)に託したという意味合いがあります。

そして投げ入れた時の音色が神社同様に邪気を祓い、願いを聞き届けてくださるための功徳(くどく)につながるものとされています。

江戸時代などは特に『投げ銭』という作法まであったほどで、音をさせることで功徳が積めると考えられていました。

よってあなたの両親がお賽銭を投げ入れてきたのは、代々続く、一家の伝統とも捉えることができます。

投げ入れ方よっては不幸を呼ぶ

ただ、お賽銭を投げ入れる際は、なるべくお賽銭箱に落とす感じで感謝の気持ちを込めながらソっと入れたいものです。

この理由は、たとえばあなたが友人にモノを貸して返してもらう時に、投げて返されたら腹が立つのと同じことです。

冷静な目でみてみれば、神様や仏様に対して願いを聞き届けてもらえるように祈願に訪れているにもかかわらず、奉納するお賽銭をオルルルぁ!!・・と、投げつけているわけです。

これでは願いが叶うどころか逆にバチが当たってしまいます。

しかし、お賽銭は基本的に投げ入れて良いものとされていますので、このあたりは度を越さずに程度をわきまえて投げ入れたいものです。ウフ

■お賽銭を入れる理由

お賽銭を入れる理由は、願いを叶えてくださる神仏と縁を結ぶためであり、あなたの自尊心をふるい立たせ、ヤル気を発揮させるためです。

お賽銭とは神仏に対しての崇敬心(信じる心)を形に示したものであり、金額ではなく「心」です。

間違ってはいけないのが、高額を納めたからといってそれがそのまま願いが叶えられて結果につながるといったことはありません。

むしろ、高額を納めて成功したという人は、その他の要因が優れていたと解釈すべきでしょうし、努力が尋常ではなかったと捉えるべきです。

ただ、そこに神仏のお力があったことも忘れてはいけません。

たとえば仮に神仏の力がゼロ(0)であったとしても、あなたに高額のお賽銭を支払わせて、「高額を支払ったからにはやる気を出さねば!」と思わせてくれてたのはすべて神仏の存在のおかげであると解釈すべきです。

そう考えると神仏の力というものは人知を超越した本当にありがたい存在なのです。

■お賽銭の起源

お賽銭の起源はお金ではなく「稲」や「米」です。

現在、当たり前のようにお賽銭として用いるような「小銭や紙幣(=お金)」ではなく、かつては「おひねり」と言って、稲や米に白紙を巻いて包み込んで、神前や仏前にお供えしたり、散米(さんまい)」といって米を撒いて今年の実り(豊作)に対しての感謝をしました。

しかし、平安末期になると平清盛が中国・宋(そう)との貿易を開始して、大量の宋銭を仕入れて商人を中心に流通させます。

やがて貨幣が民間層にまで流通してくると、およそ鎌倉時代あたりから稲・米に成り代わり寺社に金銭が奉納されるようになります。

このように金銭が奉納されるようになった背景として、それまでの貴族中心の社会から武家中心の社会へ遷移したことも理由にあげられるでしょう。

武家は戦勝祈願や自家の興隆を祈願して大金を寺社へ奉納したり、境内の社殿・堂舎の再建や増築に多額の援助金を提供したりします。

また、おおむね武家中心の時代に成り代わってから、お賽銭の意味合いが以下のように変化しています。

  • 平安時代以前:「感謝の意を表していた」およそ平安後期〜:「祈願成就のために奉上」

これはある意味、金銭を対価に授与されるお守りの存在意義そのものが祈願成就を表したものと位置付けることができます。

■初穂料

現在では「おひねり」や「散米」の代わりに「初穂料(はつほりょう)」といって、上述したように稲・米の代わりにお金をお供えします。

ちなみに初穂料の「初穂」とは、漢字の意味からしても汲み取れるように『秋に成った一番最初に収穫した稲』いわゆる”初穂”という意味です。この初穂に「料」を付けることによって、稲・米の代わりのモノ、つまり「金銭」という具合に解釈されます。

ただ間違ってはいけないのが、お金の額が高ければ高いほど願いが叶えられるわけではなく、神仏はあなたの行動や努力に対して後押ししてくださるものです。

神仏の前でお賽銭をお供えして、自分がこれから先どうなりたいのかなどの目標を述べたり、はたまた、他人の幸せを真摯に祈願するなどして、自らも努力を惜しまない姿勢を貫けば、きっと結果は付いてくるでしょう。

神仏とは目には見えませんが、いつでもあなたをそばで見守っているものであり、あなたに寄り添っているものです。オホ

終わりに・・

参拝前に水道水でもいいのでとにかくキレイなお水でお賽銭を洗って、参拝した時に賽銭として使用すると金運が上がるのだとか。シコたまブチ込む

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