山の神というと富士山の神様を思い浮かべるかもしれませんが、日本では全国各地に山の神の言い伝え、ちょっと怖い伝説などが残されています。
しかし、……あれ? 山の神ってそういえば、男の神様? それとも女? 『古事記』などの文献には載っているのか? などなど、山の神については謎がいっぱい。
今回は、山の神について、その歴史や由来から伝説まで紐解き、山の神の正体を探ってみましょう!
目次
山の神とは
日本で「山の神」と呼ばれるものは、総じて「山にいる神様」のことを指しています。
「山にいる神様」であれば、誰でも、どの神でも、「山の神」と総称されてきました。
山の神は山そのものに宿り、山を守護しています。それから、山に入る人間のことも一応は守ってくれますが、それは山の神が持っているルール(禁忌)を人の側が守ればこそ。禁忌を破る人間に対しては、時として命を奪うほどの塩対応をしてくることもあると言い伝えられています。
山の神に関連する言い伝えについては、詳しく後述することにしましょう。
また、山の神の性別(男なのか、女なのか)や、神話上どのような神様が山の神と呼ばれてきたのか、ということについても触れていきます。
山の神の歴史と由来!『古事記』に見える山の神の姿とは?
古代の日本には、自然信仰の一種として「山」そのものを神であるとして崇める風習がありました。
例えば、日本で最も古いと言われる神社の1つ、奈良県の大神神社(おおみわじんじゃ)の場合、拝殿の後ろにそびえる「三輪山」そのものがご神体となっています。ご神体が建物に入りきらないために、本殿と呼ばれる建物自体がありません。
このように、「山には神がいる」どころか、「山は、神である」というような見方をしてきたのが、日本古来の山と神に対する、そもそもの価値観であったと考えられます。このような形式は古神道と呼ばれることもあります。
その後、『古事記』が編纂されるにあたり、山の神の立ち位置は神話上で明確にされたと言えます。
『古事記』『日本書紀』における山の神
『古事記』あるいは『日本書紀』で山の神として登場する神様は、「オオヤマツミ」という神です。
『古事記』においては「大山津見神」と表記され、『日本書紀』においては「大山祇神」「大山積神」「大山罪神」とも表記されています。
いずれにしても、「オオヤマツミ」とは「大山の(=ツ)神(=ミ)」を意味する言葉であり、全般的な「山の神様」の意味を持った名前を冠していることがわかります。
オオヤマツミ自体は、記紀神話でそれほど大きな活躍の場面はありませんが、有名人ならぬ有名神の祖先としてはかなり大きな存在となっています。
例えば、オオヤマツミの子には足名椎・手名椎(あしなづち・てなづち)がいますが、その娘が櫛名田比売(くしなだひめ)。あわやヤマタノオロチの犠牲になるところを素戔嗚尊(すさのおのみこと)に救われ、妻となった女性です。
また豊穣神の性格がある宇迦之御魂神(うかのみたま)は、オオヤマツミの娘の神大市比売神(かむおほいちひめ)と素戔嗚尊との娘、つまりオオヤマツミの孫であるとする記述もあります。
記紀神話を紐解くと、大国主神もまた、オオヤマツミの子孫にあたります。
さらに、富士山の女神として有名な木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)、その姉の石長比売(イワナガヒメ)もオオヤマツミの娘です。
山の神の性格を持つ2柱の女神
オオヤマツミの娘としてここで名前が出てきたイワナガヒメとコノハナノサクヤビメという2柱の女神。
この二人は、現在に続く山の神信仰にも深い関わりがあるようです。
そもそも、父親を同じくする2柱の女神は、姉のイワナガヒメがなかなか個性的な容姿をしており、妹のコノハナノサクヤビメは非常な美女だったそうです。
天照大神の孫であったニニギノミコトは、高天原(天上の世界)から地上に遣わされた折りにコノハナノサクヤビメ(美人のほう)と出会い、一目惚れで求婚します。
父親であったオオヤマツミは、これを非常に喜び、個性的な容姿の姉御イワナガヒメも一緒に付けて、ニニギの元に嫁にやろうとしました。
本来これにはワケがあり、コノハナノサクヤビメは繁栄の象徴ではあるが、散る花のように短命の神であったため、悠久の生命をつかさどるイワナガヒメを意図的にセットにし、ニニギに永遠の生命と繁栄をプレゼントしようとしたのです。
ところがこの意図に気付かないニニギは、
「イワナガヒメはちょっと好みじゃない……」
と言って、父親の元に送り返してしまいました。(ひどい)
オオヤマツミは激怒し、結果的に天孫ニニギとその子孫(現在の天皇につながる系譜)は繁栄だけを得て、永遠の命を得そこねたわけです。
イワナガヒメは、『古事記』にやはりオオヤマツミの娘として出てくる「木花知流比売(このはなちるひめ)」と同一の神ではないかと考えられています。
コノハナチルヒメは、最終的にスサノオとクシナダヒメの息子であった八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)と結婚し、その4代後の男児が大国主神にあたります。
イワナガヒメ、コノハナノサクヤビメの2柱は主に浅間神社に祀られていますが、浅間神社は富士山信仰、山岳信仰の神社であり、ここに祀られる神はやはり「山の神」として認知され、後世の山の神信仰にも大いに影響を与えたと言えるでしょう。
民間信仰対象としての山の神
記紀神話に上記のような山の神の姿が見えて以降、長い時間をかけて山の神は、山民(山での仕事をなりわいとする、猟師や林業の民)や、里の民(田畑で仕事をする農民)の双方に信仰されてきました。
常に山にいる山民にとっての山の神と、常に里にいる農民にとっての山の神とでは、同じく神聖なものではありましたが、見せる顔が徐々に変わってきます。
しかし主には、この2種類の「山の神像」が現在に至る山の神信仰の姿として伝えられているのです。
それぞれの山の神の姿について把握しておきましょう。
山民の「山の神」
山民は山に住み、山で仕事をしています。
ですから、山民にとって山の神は、常に山に常駐しているものです。
逆にそれが普通と思うかもしれませんが、農民にとっての山の神は、そうではありません。
今回、この後詳しくご紹介するのは、この「山の神」の姿です。
農民の「山の神」
農民にとっての山の神は、季節ごとに住まう場所を変える神です。
農民はその神のことを「田の神」と呼びます。田の神は、農作の安全を守ったり、農民の安全、豊作、繁栄などを守ってくれる神です。
春、田植えの時期から、田の神は里の農民を守る役割をします。そして秋に収穫が終わると、田の神は「山に帰って山の神となります」。秋から冬を山で過ごし、春になると里に下りてきて「田の神になる」。
農民にとって、山の神とは田の神と同一人物……もとい、同一神物です。
そして、山の神として存在するのは秋から冬にかけての間。春から、収穫までの間は山の神は不在となり、田の神として活躍するという概念です。
農民にとっての山の神、すなわち田の神については、「田の神とは?池袋にいる!?山の神との関係性や歴史、お供え物など…鹿児島のタノカンサーも解説!」で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。
山の神は女神なのか、男神なのか問題
山の神は女神である……という説が濃厚です。
この説は、ここまででご紹介してきた記紀神話に主なルーツがあるものと考えられます。
記紀神話を女神説の根拠とする場合の考え方
記紀神話における山の神の概念として、まず「オオヤマツミ」という男の神様がいることをお話しました。
「オオヤマツミ」ご本人(?)を山の神とするならば、山の神は「男の神」であるはずです。
しかし実際には、「山の神は、女神である!」とする説が主流となっている。
その原因は、ここで言われる「山の神」がオオヤマツミのことではなく、その娘である「コノハナノサクヤビメ」あるいは「イワナガヒメ」のいずれか、あるいはその両方であると考えられ、それが民間伝承として「山の神」という名前で信仰されるに至ったためだとするのが妥当です。
コノハナノサクヤビメは、名称から「桜の花が咲く」を意味する女神であることがわかります。一方で彼女は富士山信仰の対象として多くの浅間神社で主神として祀られ、山岳信仰を行う人たちの女神であり続けてきました。
一方で浅間神社にはもう1つの顔があります。つまり姉姫であるイワナガヒメも共に祀られている浅間神社や、時にはイワナガヒメが単体で祀られている浅間神社も多くはないが存在しているのです。
これらのことから、山岳信仰における山の神は、元々は二柱の女神信仰から発展したため「女神である」とされたと考えられます。
「田の神」の存在を根拠とする場合の考え方
山の神の性別については、もう1つ、農民たちの信仰対象であった「田の神」の性別との関連が考えられます。
田の神は先ほど、少し触れたとおり、春から秋までの間は田の神、晩秋から冬にかけては山の神として、農民たちを守護すると信仰された神様です。
田の神は、元々は「ウカノミタマ」という豊穣神という、やはり女神であると考えられています。
ウカノミタマは、実はこの記事で既にご紹介しました。
“宇迦之御魂神(うかのみたま)は、オオヤマツミの娘の神大市比売神(かむおほいちひめ)と素戔嗚尊との娘、つまりオオヤマツミの孫であるとする記述もあります。”
つまり『古事記』によれば、農民にとっての田の神「ウカノミタマ」は、山民にとっての山の神である「コノハナノサクヤビメ」や「イワナガヒメ」の姪っ子にあたるわけです……。
それはそうと、「ウカノミタマ」もやはり素戔嗚尊の娘と明記されていますから、女神です。
そして、田の神は秋になると山へ帰っていき、山の神になる、ということですので、やはりこの理屈でも「山の神は女神である」という結論に達するのです。
山の神は美女かブスか論争
あまり褒められた話ではありませんが、山の神に関わる伝承の中で非常にウエイトが置かれているのが「山の神の容姿」です。
この容姿についての伝承には、真逆の説がついて回ります。
1つには、「山の神は富士山のように美しい女神である」という説。
もう1つが、「山の神は醜い姿をしている女神である」という説です。
これらの説が語られる時、やはり思い出すのは、既出のイワナガヒメとコノハナノサクヤビメの姉妹女神。
姉のイワナガヒメは姿が醜く、妹のコノハナノサクヤビメは天上から降りてきた神が一目惚れをして娶るほどに美しかった、と記紀神話では伝えられています。
山の神が美しいのか、そうでないのかということについて、2つの説が存在しているのは、山の神のモデルとなっている神がそもそも2人いるのだと考えると説明がつきますね。
いずれにしても山の神は嫉妬する存在
山の神について伝えられていることは、その姿が美しいにしろ醜いにしろ、「彼女(たち)は嫉妬する」ということです。
時に浅間神社の本家本元である富士山には、
「美人の女性が来ると、山の女神が嫉妬をして、姿を隠してしまう」(雲やモヤで富士山を見ることができなくなる)
という言い伝えが色濃く残されています。
このほかにも、全国の山々に
- 山の女神は自分の容姿が美しくないことを気に掛けている
- 自分よりも醜いお供え物を好む(したがって、オコゼや貝類を供えると良い)
- 若い女性が山に入ると天候が荒れたり、事故になったりする
といった伝承が残されていて、山の神がとにかく嫉妬深い存在であることが共通して見られる特徴となっています。
なお、こうした原因から
- 山の神の祭りには女性を参加させない
- 猟師は「山オコゼ」という貝の干物をお守りとして家に飾っていた
というようなことが行われ、また
- 山の神は女性ならではの血の穢れを嫌う
とも伝えられています。
このため、現在でも林業に携わる人の中には、女の子が生まれた時に、生後1週間は父親も山に入ってはいけない、としてお休みになる人もいるのです。
山の神に関連する伝承・言い伝えなど
上にご紹介した「嫉妬する山の神」は、山の神に関連する言い伝えの中で非常にメジャーなものです。
他にも、以下のような伝承が残されていますのでご紹介します。ちょっとホラーなものもあります、いえ、むしろホラーなものが多いです……!
祭の日に山に入ると帰れなくなる
今でも守られている山の神に関する風習に「祭の日」があります。
山の神の祭りの日は、一般的には12月12日。地域によって、1月12日、2月12日といった「12にまつわる日」、他にも「山の神の祭の日」として、地方ごとに様々な日が決められています。
この、山の神の祭日は、山民は山の神を祀るために宴会や、祭事をしますが、一方で山に入って山仕事をしない日でもあります。
なぜなら、この日は山の神が、山の木を1本ずつ数えることになっているのだそうですが、そこで山に入っている人がいると、山の神はその人も「木」として「1本」に数える。
するとその人は、人ではなく木となってしまうため、山から帰れなくなる……というのです。
これと同じ要領で、山の神の祭の日に山に入るとケガをする、強烈なものでは「至近の木が倒れてきて、下敷きになって死んでしまう」という説もあります。
大晦日に山に入るとミソカヨーが出る(山の中で人を呼ぶ神)
ミソカヨーについては、山の神という説もあるし、妖怪という説もあります。
長野県南佐久郡に伝わる言い伝えです。
大晦日の日、山の神は人が山に入ることを忌み嫌っています。
人間が山に入ると、どこからか「ミソカヨー」(或いは、「ミソカヨーイ」)という声が聞こえてくるので、振り返ってどこから聞こえてくるかを確かめようとするが、首が固まってしまって、そちらを見ることができないと言います。
この話については、首以外に特に被害がないようなので、さほど恐ろしい話というわけでもないように思いますが、「山の中」で「呼ばれる」という話は長野だけではなく、北海道を含める全国に非常に多く残されています。
山の中では、人間ではないものに呼ばれることがあり、この怪異を「一声叫び」とか、「一声呼び」と言います。
うっかり返事をしたものなら命を取られるといったような言い伝えも含まれており、「怪異に対して返事をしない方法」が山の各地で編み出されてきました。
この方法は、例えば、山の中で人を呼びたい時には、必ず「2度呼ぶ」。これが徹底されていると、1度しか呼ばれなかった時は神(的な存在)による怪異と判断し、返事をせずに済みます。
あるいは、北海道の一部地域では、山の中で人を呼びたい時は「おーい」ではなくて「ハンペー(お父さん)」と呼ぶ。魔物はハンペーとは言わないからね、ということです。
また山の中で、誰かに知らない名前が呼ばれていることもある。「誰かが、誰かを呼んでいる(自分じゃないけど)」という状況だけれど、近くに誰もいないのなら、それは「神が、神を呼んでいる」声を耳にしているのです。その知らない名前は、神の名前だということですので、子どもが生まれたらその名前をつけると良い……そうすれば長生きをする、とも伝えられています。
山の神へのお供え物…まさかのアレの形!?
主に山の神祭りの時など、あるいは日々の信仰に、山民たちが山の神にお供え物をする時は、
- 楕円形の餅
- ハマグリ
- オコゼ(あるいは山オコゼ)
などを供え物として用意すると言われています。
既にご紹介した通り、山の神は醜いものを好むと言われているゆえに、オコゼやハマグリといったものが供物に選ばれたと伝えられています。
また楕円形の餅については、諸説あるものの「女性器の形」であると言われています。
田の神と対応する、女性としての「繁栄をもたらす山の神」
田の神も山の神も、時には同一の神であるとも言われ、時には別々の神であると言われますが、いずれにしても山里に豊富な恵みと繁栄をもたらす存在でした。
そして、この「繁栄」の中には、単に作物の収穫や山からの安全な収益だけではなく、子孫の繁栄も含まれていたようです。
田の神に関連する記事「田の神とは?池袋にいる!?山の神との関係性や歴史、お供え物など…鹿児島のタノカンサーも解説!」の中で、田の神をかたどった像を後ろから見ると男性器の形をしていることがある……という話をご紹介しましたが、山の神の餅に関してもこれと同じで、子孫繁栄を祈るために、繁栄をもたらす女神であった山の神へ、女陰の形をした餅をお供えしたのです。
この楕円形の餅は、最終的に祭りのかがり火で焼いて食べてしまいますが、山の神祭りの行事食とも言えるでしょう。
山の神は人々を見守る祖霊神
山の神は、山から山民や、あるいは山のふもとに住む里の民を見守っている、祖霊神……つまりご先祖様の神の姿とも言われています。
※祖霊神については、「田の神とは?池袋にいる!?山の神との関係性や歴史、お供え物など…鹿児島のタノカンサーも解説!」もご参照ください
自然の中に息づく神の感覚は、少しずつ薄れているところもありますが、失ってはならないものとして感覚的に取り戻し、日々「見守られている」ことを自覚しながら生活していきたいものです。
そうすることで、自分のことも、また地球そのもののことも、大切にしていけるような気がしますね。
Writer:陰陽の末裔/占い師・パワーストーンアドバイザー
あん茉莉安(ホームページ)